米国関係

不足は年間4万人、米軍リクルート危機の背景に「国民の信頼低下」と「政治利用」


荒木淳一(元航空教育集団司令官)


 50年前に徴兵制を撤廃した米軍で、入隊志願者の減少が続き「志願制の危機」が懸念される。採用数が米軍全体で約4万人不足している現状が戦闘力低下に直結するとは言えないが、好景気下の人手不足に加え、入隊基準を満たす若者の減少、新型コロナ禍による対面リクルート活動の中断といった複合要因の根は深い。背景にあるのは軍への米国民の信頼低下と、それを加速しかねない党派対立による「軍の政治利用」の悪影響だ。


  

 米国において軍のリクルート危機が大きな問題となっている。2023年度(米会計年度、以下同じ)において新規採用目標数を達成できたのは海兵隊と創設5年目の宇宙軍だけであった。その他の軍種はほぼ全ての区分で採用目標数を達成できず、ここ数年、厳しいリクルート状況が続いている。

 2024年度の国防授権法においては、米軍の最終兵力レベルである現役兵の数が128万4500人に縮小するとの見通しが示されている。過去3年で約6万5000人も減少しており、第二次世界大戦の兵力規模を下回る見込みであることを懸念する報道がある。ロシアのウクライナ侵略の継続やイスラエルとハマスの紛争に伴う中東情勢の不安定化に加えて、核・弾道ミサイル開発を進める北朝鮮や武力による台湾統一を放棄せず既存秩序に挑戦し続ける中国など、厳しさを増す国際安全保障環境等を背景として、米軍のリクルート危機に対する関心が高まっている。また、米国においては1973年に徴兵制が撤廃され、現在の全志願兵制(All-Volunteer Forces System、以降は「志願制」と言う)に移行して50年の節目を迎えたこともあって、米軍のリクルート危機により一層の脚光が当たっている。

 

2年で5%減少した陸軍の現役兵力

 米軍のリクルート危機は、軍種や採用区分(将校、下士官等)によって状況は異なるが、総じて厳しい状況にある。中でも陸軍のリクルート状況は最も厳しいものとなっている。2022年度、陸軍は約1万5000人(目標の25%)の現役兵を採用できず、最終兵力計画を47万6000人から46万6000人に削減せざるを得なかった。2023年度は目標数に約1万人届かなかった。単純計算ではあるが、陸軍の現役兵力が僅か2年で5%も減少し、最終兵力数が更に減少する可能性もある。

 空軍は、2022年度はかろうじて将校の採用目標数を達成したものの、現役の下士官採用目標は1999年以来初めて未達成となった。2023年度は将校・下士官を合わせた目標数約2万6900を2500人以上下回った。海軍は、陸軍ほどではないが厳しい状況にあることに変わりはない。2022年度に海軍は将校・下士官共に採用目標数を約20%下回り、2023年度も現役下士官の目標数約3万7000人に対して約7000人も下回っている。

 これに対して目標数を達成したとされる宇宙軍、海兵隊のリクルート事情が好調なわけではない。(陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊に次ぐ)第6番目の軍種として2019年に独立した宇宙軍は、兵力規模の当面の目標が約1万8000人と小規模であること、他の軍種から移籍する兵士を主体に宇宙軍を建設する途上にあること、従って毎年の新規採用目標数が約1000人程度(うち約半数は他軍種からの転属)と少ないことから、厳しいリクルート事情が顕在化していないだけである。他方で、海兵隊はトータルの戦力規模がとであることに加えて、海兵隊コミュニティの強い絆を最大限活かした独自の取り組みを進めている。しかし、かろうじて採用目標数を達成している状況であり、2023年度は現役入隊者、予備役将校、下士官の目標数を数名から数十名超えたギリギリの達成状況であった。

 

理由は「好景気の人手不足」だけではない

 米国社会は一般的に軍に対する信頼が厚く、軍人に対する尊敬の念が強いと言われる。何故、その様な米国において軍のリクルート危機が生じているのであろうか。その答えを見いだすのは決して容易ではない。様々な要因が複雑にかつ多層的に絡み合い、短期的、中・長期的な影響を及ぼし合っているからである。

 最も分かり易い要因として指摘されるのは、強い米国経済とそれを反映した労働市場の現状である。最近の米国の失業率は3.9%前後の低位で落ち着いており、多くの企業が賃金を引き上げ優秀な人材を引き付けるために魅力的なインセンティブを提供することに鎬を削っている。若者にとって職業の選択肢が増えたことに加え、年俸数万ドルの兵役に就くことが必ずしも若者の目に魅力的に映らないこと等が指摘されている。

 次に指摘されるのがCOVID-19のパンデミックによる短期的な影響である。COVID-19によって各軍のリクルーターが最も頼りにし、成果を挙げてきた対面でのリクルート活動、すなわち直接顔を合わせてコミュニケーションを取る機会が殆ど無くなってしまったことの影響である。学校が閉鎖され、リモート授業になったことに起因すると思われる肥満率の増加や学力の低下も影響している。軍隊の入隊試験の平均点数はパンデミック前から9%も低下し、身体検査で不適格の理由となる肥満率が19歳以下の世代で19%から22%に増えたとされる。17歳から24歳のアメリカ人のうち、約23%しか兵役の資格基準を満たさないという国防総省の調査結果がある。太りすぎ、過去の薬物使用、精神的・身体的な健康問題等が主要な不適格の事由である。

 1997年から2012年生まれの所謂「Z世代」と呼ばれる若者の人生や仕事に対する見方や価値観の変化が兵役希望者の減少に繋がっているとの見方もある。インターネット時代に育った彼らは「手っ取り早い満足」を得ることに慣れており、厳しい訓練や長年にわたるスキルトレーニングが必要な軍での仕事に魅力を感じなくなっている。加えてSNS上で氾濫する真偽不明の情報に左右されやすく、軍事組織に関するステレオタイプの批判や中傷に影響を受け易い。兵役に就くことに関心がある若者の数は、パンデミック前でも僅か13%と低かったが、2022年には9%に減少するなど減少傾向が続いている。加えて、若者に兵役を薦める軍関係者や家族の割合が減少傾向にあることも影響している。自分の大切な人に兵役を薦める軍人やその家族の割合が、2019年に75%であったものが2021年には63%弱まで低下している。一般のアメリカ人の内、家族や友人に軍隊に入ることを薦める人は約50%であり、33%は薦めないという調査結果もある。また、親や家族が兵役に就いている若いアメリカ人の割合は13%であり、1995年の40%から大きく減少している。

 

軍への信頼低下を招いたアフガン撤退

 このような状況に至った背景的要因として指摘されるのは、米国社会における軍隊という組織に対する信頼の低下である。ギャラップ社の調査によるとアメリカ人の(警察などを含む)に対する信頼度は大きく低下しており、過去最低の27%となっている。その中で調査回答者の64%は軍への信頼を表明しており、依然として軍に対する信頼は高い。しかし、その度合いは減少傾向にあり、1997年以来、最低の数字であるとされる。別な調査によると米軍への信頼が、2018年の70%から2021年には45%まで下がっている。

 何故、このように米国社会における軍に対する信頼が低下し続けているのであろうか。最近の事由としてアフガニスタンからの米軍撤退を指摘する意見もある。9.11同時多発テロ以降、約20年にわたって米軍が取り組んできた「テロとの戦い」は2021年のアフガニスタン撤退で終了した。この間、米軍兵士が7000人以上死亡し、現地で90万人を超える犠牲者が出ている。8兆ドル近い戦費を費やしながら、民主主義制度の構築も復興も果たせないまま、結局タリバンが国を支配する現状は、軍事的な失敗の結果と捉えられがちである。戦いに勝利するという軍の存在意義を果たせず、政治目的も達成できなかったことから、軍隊並びにその指導者に対する信頼が著しく損なわれたという意見がある。

 加えて最近特に顕著になってきている共和党と民主党の党派間の争いが軍に対する信頼に影響しているとの指摘もある。超党派として扱うべき軍に関わる問題を政治的に利用する動きが、政治不信につながるのみならず、軍に対する信頼を低下させる間接的要因になっているとの指摘もある。

 また、米軍における様々なハラスメント事案や性的暴行事案等も、軍への不信感を募らせる要因となっている。2021年の調査では16歳から24歳のアメリカ人の30%がセクハラや暴行の可能性を理由に米軍への入隊を考えないとしている。

 

減少が続けば志願制は持続不可能

 このような軍のリクルート危機は何をもたらすのであろうか。軍の現役兵力規模が戦略的判断に拠らず縮小し続けることは国家安全保障上の重大な問題である。米国内で指摘されるように第二次世界大戦前よりも少ない数になること自体が問題ではない。米国は戦争の度に徴兵制によって多数の軍人を徴用し戦力を急速に増強し、終戦とともに動員を解除して軍を大幅に縮小することを繰り返してきた。1973年に徴兵制が廃止されて以降も200万人台前半の規模を維持してきた。冷戦崩壊とともに1991年から2000年にかけて米軍の規模は198万人から138万人に減少したが、これは国家安全保障戦略等の変更に伴う戦略判断に基づく削減である。

 米軍全体で約4万人が採用できない現状が直ちに米軍の戦闘力を危険なレベルに低下させるわけではない。志願制に移行した際のセーフティネットとして米国は軍種ごとに現役兵力数の約3分の1から6分の1の予備役(総計約規模)を維持している。また、一時的な採用数の未達成は、例えば景気の動向に応じて失業率が上がった際に採用数を増やしトータルとしての現役兵力数を維持する等の措置は理論上可能ではある。しかし、ピラミッド型を基本とする階級人員構成が歪となり、組織編成上の課題を長年抱えることにはなってしまうリスクがあり、基本的には毎年の目標を適切に設定し、達成し続けていく必要がある。

 現在も志願者を増やすために軍種毎にそれぞれの予算と権限の範囲内で様々な取り組みを行っている。特別な要件を満たす場合のボーナスの支給、入隊時の資格基準の緩和、広告キャンペーンの強化などである。海軍は全米最大のスポーツイベントであるアメフトの祭典・スーパーボウルに数百万ドルの広告費を掛け、最高額14万ドルの入隊時ボーナスを支給したとされる。空軍では、条件付きで入れ墨を認め、マリファナの陽性反応が出た者にも再検査の機会を与えるなど、入隊基準の緩和を行っている。陸軍においては、学力、体力の採用要件を満たさない者に対して、勉強と体力向上を指導する準備支援プログラムを提供している。

 このような取り組みの成果を注視する必要はあるが、志願者減の傾向に歯止めがかからずリクルート危機が継続し続けるならば事態は深刻である。リクルート危機を懸念する声の多くは、米国国民の軍隊に対する信頼の低下と、若者の愛国心や公共の為に奉仕するという意識の低下に強い危機感を抱いている。この問題に対処できなければ、50年以上米国が依拠してきた志願制そのものが成り立たなくなってしまうからである。戦略的な理由とは全く無関係に、かつ不本意に兵力規模が減少を続け、国の安全保障を危うくしてしまう可能性があるのだ。ロシアの侵略戦争に直面したウクライナは徴兵制を復活させた。しかし、今の米国において徴兵制を復活させることは望ましいことでも、政治的に実行可能なことでもない。志願制を持続可能な状態に維持し続けることが求められているのである。

 

シビリアンコントロールを揺るがす「軍の政治利用」

 軍隊、軍人と退役軍人、そしてより広範な安全保障コミュニティは、軍の精強性とプロフェッショナリズムを損なわない範囲で採用資格を見直し、兵役が若者にとって魅力的な職業の選択肢となるような総合的な取り組みを継続しなければならない。また、軍と米国社会との溝を埋めるため、軍人と米国市民との交流を促進する機会の創出や軍の実態を知ってもらう情報発信の努力を惜しむべきではない。その上で、リクルート危機の根本的な課題である軍に対する信頼の低下や愛国心、公共への奉仕の精神の希薄化の防止という、国家的な課題に安全保障コミュニティのみならず、連邦政府、議会、各州政府などを含むアメリカ社会全体で取り組むことが必要不可欠である。

 毎年50万人の高校生に対してリーダーシップやシチズンシップを指導する機会を提供する「ジュニア予備役将校訓練団(JROTC)」というプログラムがある。このプログラムは、入隊を義務付けることなく米軍に触れる機会を提供しているものの、南部地域に偏在している。これを全米に拡大するとともに、教育省や各州の教育局と連携して基本的な公民教育を徹底すべきという提言もあり、草の根レベルでの取り組みが重要となる。

 また、迂遠なようであるが健全な政軍関係を維持することも重要である。政治指導者は軍の特性や存在意義を正しく理解し、明確な政治目的のもと適切に軍隊を運用しなければならない。同時に、国民の目に触れる場において軍の政治利用や軍の政治化とみられるような言動を避けなければならない。軍に関する問題を党派的なアピールに利用することは、本来解決すべき問題の所在を曖昧にし、間接的に軍の即応性や精強性に影響を及ぼすことになる。昨年、人工妊娠中絶をめぐる党派的な対立から米軍高級将校の人事を長期にわたって凍結した上院の事案は、政治に対する国民からの信頼を大きく損なったとされる。一方で、軍においてもLGBTQ+の多様性を認めるべきだという議論も党派的な主張が色濃く、問題を政治利用している感がある。軍の政治利用が続くならば、超党派的な立場であるべき軍人が政治判断に左右され、シビリアンコントロールの基本原理が揺らぐという懸念も生じてしまうので絶対に避けなければならない。

 

自衛隊の募集難は更に深刻

 米軍のリクルート危機は様々な要因が複雑に絡み合った深刻な問題である。国防総省、各軍は、リクルート危機を乗り越えるためのあらゆる努力を惜しむべきではない。同時に現在のリクルート危機を志願制そのものの危機に発展させないために、米国民の軍に対する信頼を取り戻すための政府全体としての取り組み並びに健全な政軍関係を維持する等の政治的な配慮が求められている。

 自衛隊の募集難は更に深刻である。少子化で加速する若年人口減少への対応、自衛官の憲法上の位置づけの明確化とそれに相応しい処遇・名誉のあり方の検討、自衛隊の果たすべき役割の質的・量的な拡大への対応などの連立方程式を解かなければならないからである。国家安全保障上の重大な問題であるとの危機感が希薄であることが最大の懸念だ。

米空軍・宇宙軍ウォーフェア・シンポジウム2024の概要について

この記事は、メンバーの荒木淳一が、平素から米空軍等の動向に関心を寄せている中で、現役自衛官等との共有を図るために個人的に作成(令和6年2月19日)したものです。

 

1 趣旨

  本件は、米空軍・宇宙軍協会(Air and Space Force Association; AFA)主催のエアー・ウォーフェア・シンポジウム2024の概要並びに興味深い点等についてまとめるもの。

 

2 概要

(1)日時;令和6年2月12日(月)~14日(水)
(2)場所;米国コロラド州オーロラ市
(3)日程等(細部はシンポジウムの計画表を参照)
  ア 2月12日(月)

   〇基調講演並びにパネルディスカッション:「大国間競争のための再最適化-主要リーダーによる議論」(ケンドール空軍長官、ジョーンズ空軍長官補、サルツマン米宇宙軍作戦部長、オールビン米空軍参謀総長、モデレーター;ライトAFA会長)

   〇表彰式

  イ 2月13日(火)

   〇基調講演;「米宇宙軍の現状」(サルツマン米宇宙軍作戦部長)

   〇基調講演;「米空軍の現状」(オールビン米空軍参謀総長)

   〇パネル・ディスカッションのテーマ

    ・「速度感を持った変化の促進」

    ・「Space Order of Battle」

    ・「ドローンの脅威を打ち破る」

    ・「戦闘協調型無人機(Collaborative Combat Aircraft)」

    ・「対宇宙戦役のための将来の戦力設計」

    ・「妨害的戦争:非物理的破壊戦闘(Nonkinetic Fight)」

    ・「大国間競争における勝利の余裕;施設と作戦エネルギー」

    ★「インド太平洋軍における脅威への対抗(Defeating threats in  Indo-PACOM)」(空自宇宙群司令杉山公俊1等空佐がパネリストとして参加)

    ・「妨害的戦力としてのCCA」

    ・「宇宙領域における強靭性(Resiliency)

    ・「戦いに為の再最適化」

    ・「超音速兵器による戦い」

    ・「空軍省における戦闘ネットワーク(DAF Battle Network)の統合」

    ・「競争と紛争の列度の上昇」(ヘッカー欧州・アフリカ空軍司令官、ミニハン米機動軍司令官、ケリー航空戦闘軍司令官、シュナイダー参謀長、カーライル氏)

    ・「宇宙軍のデルタ:挑戦と機会」

    ・「航空宇宙における戦闘能力の実効性」

  ウ 2月14日(水)

   〇パネル・ディスカッション

    ・「戦いにおけるエアマンとガーディアン」(両軍最先任上級曹長等)

    ・「AIと最先端サイバー・ディフェンス」

    ・「CJADC2を梃子にする」

    ・「Air Task Forceと将来の戦力提供」

    ・「宇宙領域の状況掌握(Awareness)」

    ・「電磁波領域での圧倒的優位性の確保」

    ☆「連結し兵器に力を与える」(クロスピー准将(DAF Battle Networkプロジェクト責任者)、クレイトン准将(ABMS機能横断チーム責任者)

    ・「迅速機動展開(ACE)を実現させる要素」

    ・「商用宇宙の統合」

    ・「次世代のリーダーの育成」

    ・「インサイドからの戦い―前線地域における航空・ミサイル防衛」

 

3 興味深い点等

(1)全般

  〇本シンポジウムの大きな焦点は、昨年9月のAFA主催の航空宇宙サイバー・シンポジウム(ASCS)においてケンドール空軍長官が示した米空軍・宇宙軍の「再最適化(Re-Optimization)」に係る検討結果がどのような内容で、どのような形で公表されるかであった。検討に当たってのケンドール空軍長官の意図は、空軍長官名の文書(2023.09)(別紙第1:未掲載)にて既に示されていた。

  〇約5か月にわたる空軍省内での議論を踏まえて、新たな組織の編成(再編を含む)、新たな階級の創設(准尉の再採用)等の24項目からなる「米空軍省の再最適化」に関わる米空軍省、米空軍、米宇宙軍の三つの文書が、本シンポジウムに併せて公表された。(別紙第2、第3、第4を参照:未掲載)本シンポジウムにおいても、主要リーダーの基調講演やパネルディスカッションの中で「再最適化」にかかる個別の施策の狙いや方向性について言及され、空軍省全体に対する理解の浸透を図ろうとしていることが伺えた。

  〇その中で、2月13日の宇宙領域に関するパネルディスカッションにおいて、航空自衛隊宇宙作戦群司令の杉山公俊1等空佐がパネリストとして参加し、インド太平洋域における宇宙に関わる同盟国との共同の実態などについて議論していた。空自の現役幹部が本シンポジウムのパネリストに選ばれるのは恐らく歴史上初めての事であり、宇宙領域における同盟国等との連携を重視する米空軍・宇宙軍の意向が反映されたものと考えられる。同時に、宇宙に対する防衛省・航空自衛隊の今までの取り組みと実績が評価されている証とも言えよう。

 

(2)細部(「再最適化」に関する米空軍省文書の内容の概要)
  ア 人材の育成分野

   〇米教育訓練コマンド(AETC)を発展させたエアマン開発コマンド(Airman Development Commandの下で人材育成のプロセスを統合する。【部隊改編、AETC→ADC】

   〇IT及びサイバー分野の技術専門家を育成する為に准尉(Warrant Officer)の階級を復活させ、この分野における下士官のリーダーシップを確保する。【IT及びサーバー特技の准尉階級の復活(米空軍のみ)】

   〇戦時の作戦任務に対するレディネス確保に必要なスキルに焦点を当てた訓練により、「任務遂行準備の整ったエアマン(Mission Ready Airman)」を育成。【「多機能エアマン(Multi-capable Airman)」という概念の変更(より任務に焦点を当てたMission Ready Airmanの育成のための訓練体制の構築)】

   〇大国間競争の環境下で適切にエアマンやガーディアンを指揮統率できる将校育成の為、米空軍士官学校(USAFA)、将校教育学校(Officer Training School; OTS)、予備役コース(ROTC)におけるリーダーシップの育成・訓練の見直しを継続して進める。【幹部養成課程のシラバス等の見直し、OTSでは既にACE、Mission Command等に焦点を当てた「OTS-Victory」という新たな課程教育が始まっている】

   〇ハイテクの作戦要求に応えられるガーディアンを育成する為に経歴管理の道筋を再設計する。

 

  イ レディネスを高める分野

   〇航空戦闘コマンド(ACC)を統合軍指揮官に対して作戦準備の整った戦力を造成し、提供することに集中できるように再度方向づけ。【統合軍に提供される戦力を統合する機能をACC内に創設】  
   〇複雑で大規模な軍事作戦をリハーサルしたり、その能力を発揮する為、実作戦に焦点を当てた訓練や大規模な演習を実施。【大規模演習の復活】

   〇戦略的競争相手からの要求を反映させる為、事前通知なし又は制限された通知での作戦レディネスの評価、検閲を米空軍、米宇宙軍で実施。【事前通知なしの評価、検閲等の復活】

   〇兵器システムの健全性を改善する為、航空部品や兵器システムに関わる鍵となるプロセスをデータ主導型でリスクを通知できるものへと再構成。【航空装備軍(Air Force Material Command:AFMC)隷下に新たなセンターや室を編成】

   〇米宇宙軍のレディネス基準を、今までの脅威の存在しない緩やかな環境下における基準から、脅威下での作戦環境を念頭に置いた基準へ変更。【宇宙軍戦闘隊(SFCSQの新編)】

   〇米宇宙軍の実施してきた演習を空軍省レベルの枠組みに合致するよう範囲を拡大し、複雑さを増したものとして実行するともにレディネスを測定する軍種レベル、データ主導のプロセスを通じて評価する。【宇宙軍の演習の拡大、多層化。宇宙軍のレディネス評価の実施】

 

  ウ 戦力投射に関わる分野

   〇任務遂行可能な行動単位として米空軍の航空団の編制を再構成し、「展開戦闘航空団(Deployable Combat Wing;DCW)」、「配置戦闘航空団(In Place Combat Wing:ICW))」、「戦闘能力造成航空団(Combat Generation Wing;CGW)」に区分。それぞれの航空団はACEを支援できるよう再設計された特有の構成を持ち、配属されたユニットとエアマンで付与された任務を遂行できるように改編。【航空団の再編成】

   〇戦闘航空団(Combat Wing)と基地軍(Base Command)の関係を明確化。戦闘航空団は任務レベルで戦闘にかかわるレディネスに焦点を置き、基地軍は戦闘航空団を支援することを主任務として、競争、危機、紛争の全ての段階において基地を運用することに専念する。【戦闘航空団と基地軍との関係の再整理】

   〇米空軍省並びに統合軍におけるサイバー任務の重要性に鑑みて空軍のサイバー部隊をコンポーネントレベルの軍に昇格させる。【サイバー任務を担任する米第16空軍を新たな米空軍サイバー軍(Air Force Cyber Command)へ格上げ(司令官の階級は中将(三つ星)のままだが、米空軍参謀総長、空軍長官の直轄系統に改編】

   〇行動単位としての宇宙軍戦闘隊(Space Force Combat Squadron;SFCSQ)の新編、独立軍種としての宇宙軍構築過程で残された部分を完了すること並びに宇宙軍の戦力造成プロセスの実行を加速化。【宇宙軍における宇宙軍戦闘隊(SFCSQの新編】

 

  エ 能力構築に関する分野

   〇空軍省の近代化のための能力開発や資源投資の優先順位付けを主導する為、統合能力室(Air Force Integrated Capabilities Office)を空軍省内に新設。【統合能力室の新編】

   〇微妙な案件にかかる活動*を調整し、監督する為、競争力強化室(Office of Competitive Activities)を創設する努力を統合。【競争力強化室の新編】*ハラスメントや各種の差別等を無くし組織競争力を高める全ての活動と推測。

   〇資源投資に関わる判断のためのより分析的なアプローチを組み入れる構造を作るため、事業分析・評価室(Program Assessment and Evaluation Office)の創設【事業分析・評価室の新編】

   〇戦力設計に沿って優先順位付けされた近代化計画、統合された運用要求、競争的な作戦構想を開発する為に統合能力軍(Integrated Capabilities Command)を創設。【統合能力軍の新編】

   〇空軍のC3と戦闘管理、サイバー戦、電子戦、情報システム、組織的なデジタルインフラに対する関心を高め、強化するために、米空軍装備軍(AFMC)の中に新たな情報優越システム・センター(Information Dominance System Center)を創設。【情報優越システム・センターの新編】

   〇核戦力に対する支援を強化するため、現在の核兵器センターを拡大し米空軍核システム・センターを米空軍装備軍(AFMC)隷下に配置。この組織は核組織に対する包括的な物資的支援を実施。ICBMの為の事業特別室の中に少将(二つ星)のポストを設置。【米空軍核システム・センターへの改編、ICBM事業特別室への少将ポストの新設】

   〇航空機と兵器の競争的開発と事業管理を同期させるため、米空軍装備軍(AFMC)内のライフサイクル管理センターを航空優勢システムセンターとして再編。【航空優勢システムセンターへの改編】

   〇技術評価とロードマップを提供するため、装備軍(AFMC)内に統合開発室(Integrated Development Office)を創設。【統合開発室の新編】

   〇構想を開発・評価し、実験やウォーゲームを実施し、任務領域の設計を行うため、将来宇宙軍(Space Futures Command)を野外軍として創設。【将来宇宙軍の新編】

 
  オ その他

   〇従来ABMSと呼ばれていたJADC2を実現するための空軍省内の戦闘管理ネットワーク(DAF Battle Network)に関して、幾つかの進捗が明らかになった。先進的なC2ノードとなるシステム(戦術作戦センター-光;Tactical Operation Center -Light; TOC-L)のプロトタイプ16基が実戦配備され、検証実験を開始したとのことである。TOC-Lは、その記述振りから推測されるのは、持ち運び可能で展開先で指揮統制ネットワークにプラグイン、プラグアウトが可能な戦術・作戦にかかわる指揮統制ユニット・システムと考えられる。TOC-Lの将来の配備数は数百規模で数戦規模ではない。またTOC-Lは、米陸軍が進める「Project Convergence」のCapstone演習その4(2/23~3/20)にも投入され、検証が行われる予定となっている。当該演習にはメディア並びに同盟国等が招待されているが、「日本の参加」も明示されており、陸幕又は教育研究本部が参加している可能性がある。

   〇このTOC-Lは空軍省内の戦闘管理システムのもう一つの重要な柱であるクラウドベースC2(Cloud Base Command &Control; CBC2)とも関連している。CBC2は750以上のレーダー・データを一つの画面に統合し、人工知能を使って戦闘管理者(BM)が行動方針を選択・判断することを支援するものとされる。このCBC2は既に米北方軍(USNC)と北米航空宇宙防衛軍(NORAD)司令部に配備され、NORADの東部防空セクターとカナダ防空セクターで使用されている。

   〇戦闘管理に関してAWS2024のパネルディスカッションにおいてDAFBN(C3BM)の主要リーダーであるクロスピー准将とクレイトン准将が議論している内容がAFMの記事となっている。それによると戦闘管理には下士官(約2400名)、将校(約1800名以上)が関わっており、E-7Weddgetailが配備される2027年までの間、プラットフォームから切り離される懸念が表明されている。しかし、戦闘管理を13の具体的「サブ機能」に分割したモデルを既に作成しており、今後は戦闘管理者はプラットフォームに縛られることなく、新たなコンピュータシステムとソフトウェアで戦闘管理を行うとされ、既に試験段階にあるとされる。また、この戦闘管理に関わる13のサブ機能は既にFighter Weapon Schoolでシラバス化され教育が始まっており、次世代の戦闘管理者が必要なスキルセットを身に付けられるよう体制が整えられている。しかし、米空軍が推進するACE構想を具体化するにつれて戦闘管理は益々難しくなるし、クリティカル・シンキング(批判的思考)のスキルを持つ人材が求められるようになるとされる。

 

4 所見

 〇NSSで示された中国との大国間競争の下で必要とされる新たな能力は「7つの運用上の必須事項」に集約・整理されたと認識されている。それらの必須事項を実装化・具現化を進めつつ、空軍・宇宙軍を「再最適化」することが不可欠とケンドール長官の認識であった。従って、その検討を急ピッチで進め、人材育成、レディネス、戦力投射、戦力の統合の4つの区分で、24項目の具体的な施策が今回のAWS2024に併せて示されたものと理解できる。

 〇米空軍のこのような動きは中国との戦略的競争への対応を主要な柱と定めた国家安全保障戦略・国家防衛戦略の転換(2017NSS/2018NDS)を契機として加速化され、中国とのハイエンドの戦いに備えるための新たな戦い方(ACE、任務指揮、JADC2等)が議論され、必要とされる主要な能力(「7つの運用上の必須事項」)が絞り込まれてきた。その背景には、9.11以降、主として「テロとの戦い」に専念してきたこと、予算の制約が厳しかったこと等から米空軍として「三重苦」(戦力規模の低下、近代化の遅れ、レディネスの低下)に陥っているという問題認識があったからでもある。

 〇翻って、わが国においても2022年12月に安保関連3文書が策定され、反撃能力を保有し抑止を柱とする戦略への転換が示されたこと、防衛力を抜本的に強化するための7つの柱が明示されたこと等、米空軍同様に戦略上の大きな転換点にある。また、中国のA2ADの脅威を念頭に置いた新たな戦い方への転換が求められると共に持続性・強靭性の強化を図り現有戦力を最大限発揮する態勢の構築が求められているところである。冷戦期において専ら防空作戦を念頭に構築されてきた航空自衛隊においても、防衛力強化の7つの柱の具現化とともに安保3文書で示された新たな国家防衛戦略の目標(抑止、抑止が破れた場合はより遠方で早期に阻止・排除)を達成する為には空自全体の「再最適化」が必要ではないだろうか。更に、現有戦力のレディネスを図る資源投資の指標としての、戦闘機等の可動率や年間の飛行訓練時間などが大幅に低下してきている現状を踏まえると、新たな戦略に基づく練成訓練の基準や目標を見直す必要がある。更に新たな基準や目標に基づき、現用戦力のレディネスを検証・評価する必要があるのではないだろうか。仮に「空自のシンカ」にかかる検討がそれらを網羅していたとしても安保関連3文書や米空軍・宇宙軍の動向を踏まえた補正や整合が不可欠であろう。中でも飛行訓練時間の減少や演習機会の喪失など、空自の隊員・部隊の作戦遂行能力の低下が懸念される状況にあることから、空自のレディネスについて改めて考え、練成訓練の基準や目標の見直し、能力評価のあり方の検討・見直しのみならず個人並びに部隊に対する教育・訓練のあり方についても抜本的に見直す時期にあるのではないだろうか。

米空軍の将来動向について(その3)」-米空軍の新たなドクトリン策定の動き-

この記事は、荒木淳一が日米空軍友好協会(JAAGA)の機関誌「JAAGA便り」No.62に寄稿したものです。

1 はじめに

 本稿は、米空軍の将来動向に関する第三回目であり最終回となる。第一回目、二回目では、米国の防衛計画、戦力設計、予算等に関する有力シンクタンクである戦略予算評価センター(Center for Strategic and Budgetary Assessments:CSBA)の報告書や米空軍の態勢報告等、米空軍の将来動向を探る上で参考になると考えられる文献等を紹介してきた。
 中国が米国の対等の戦略的競争相手として台頭し、「地経学」的アプローチ/グレーゾーンにおける現状変更の試みを常態化させ、A2ADの脅威や宇宙・サイバーを使った非対称な挑戦が常態化している中、米国は国家安全保障戦略/国家防衛戦略を抜本的に見直した。対中スタンスは「関与」から「戦略的競争」へと大転換し、新たな戦略や作戦構想を模索する努力が続けられている。
 その根底には、「米国の圧倒的軍事優位性が失われつつある」という強い危機感がある。米海兵隊は「フォースデザイン2030」に基づき機動基地前進作戦(Expeditionary Advanced Base Operations:EABO)に関するマニュアルを作成し、陸自との日米共同訓練での実際の演練を始めている。2020年12月には米海軍・米海兵隊・沿岸警備隊の連名で「海上における優位:統合された全領域海軍力による勝利(Advantage at Sea:Prevailing with Integrated All-Domain Naval Power)」という構想が発表される等、各軍種の新たな戦い方の模索は概ね収斂しつつあるように思われる。

 その様な中で、前空軍参謀総長ゴールドフィン大将が提起した「統合全領域作戦(Joint All Domain Operation:JADO)」は、国防省内で各軍種の新たな作戦構想の基盤として位置付けられるとともに、米空軍内においてはこの構想に基づくドクトリンが策定されつつある。


 本稿では、米空軍の新たなドクトリン創出の動きとその方向性を3つのドクトリン関連文書を通じて紹介したい。2つのドクトリン・ノート①「統合全領域作戦における米空軍の役割」(AFDN 1-20)②「迅速な戦闘展開」(AFDN 1-21)並びに米空軍の最も基本的なドクトリンである③「空軍(The Air Force)」(AFDP 1)における「任務指揮(Mission Command)」を重視する改正について取り上げることとする。これらは、日米共同作戦の実効性を向上させる観点からも極めて重要であり、中台危機への対応を含む日米共同作戦構想の検討や防衛力整備においても十分に考慮されるべきものであろう。
 我が国においても戦略3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱/中期防衛力整備計画)の見直しが行われており、検討結果を受けて今後どのように米空軍の動向を施策に反映するか十分な検討が必要である。
 また、本稿の執筆中に生起したロシアによるウクライナへの軍事侵略は先行きが見通せない厳しい状況が続いている。如何なる形で戦闘が終結するかに関わらず、今後、米国が欧州におけるロシア、インド太平洋における中国という二正面対応を迫られる可能性はより高くなった。
 その際、同盟国の果たすべき役割に対する米国の期待は今まで以上に高くなっていることに留意が必要である。我が国の防衛力の強化のみならず日米同盟の実効性向上に向けたより一層の努力は待ったなしの状況である。米空軍の新たな作戦構想やそのドクトリンの動向を理解し、我が国の防衛力の強化、日米共同の実効性向上に反映させることは、今まで以上に重要になっていると言えよう。

 本稿では、2つのドクトリン・ノート並びに基本ドクトリンの主要改正点について、それぞれの概要、特徴並びに空自に対する含意について述べた上で、最後に空自として取り組むべき課題や方向性に関する私見を述べてまとめとしたい。

 

2 「統合全領域作戦(JADO)における米空軍の役割」(AFDN 1-20)について

(1)概要

 ドクトリン・ノートとは、新たなドクトリンを策定するために、確立されつつある概念に関して主要なポイント、定義等、議論の出発点となる枠組みを提供するものである。本ドクトリン・ノート(AFDN1-20)は、2018年の国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS2018)が米軍に要求する任務、すなわち戦略的競争相手とのハイエンドの戦いを抑止し、必要に応じて打ち破る(勝利する)ことを達成するために、前空軍参謀総長ゴールドフィン大将が2020年3月5日に策定したものである。

 AFDN1-20では、JADOや統合全領域指揮・統制(Joint All Domain Command and Control:JADC2)等の鍵となる用語の定義、何故JADOが必要か、JADOとは如何なるものかについて記述するとともに、航空戦力運用の理論家であるボイド大佐のOODA(Observe、Orient、Decide、Act)ループによるJADC2の意義に関する理論的説明、更にはJADO実行の前提となる3つの作戦概念、「機敏な支援(Agile Support)」、「全領域の防護(All Domain Protection)」、「強靭な持続性と兵站(Resilient Sustainment and Logistics)」について記述されている。

(2)特徴

 まず第一に、AFDN1-20はJADOにおいて敵に対する優位性を獲得する鍵を初めて明確化したことである。それはJADC2の実現であり、全領域のデータを適切に処理・融合・分配するとともに、権限に応じた適切なレベルでの判断・決心をより迅速に行うことによって、統合戦力をより迅速かつ効果的に発揮しようとするものである。常に相手に勝る速度で判断・命令・行動し、予測不可能な行動の多様さによって敵を困惑させ、対応不能状態にしてしまおうというものである。
 これまで議論されてきた空海作戦(Air Sea Battle)、領域横断作戦(Cross Domain Operation:CDO)、国際公共財へのアクセス・マニューバー(Joint Access Maneuver - Global Commons:JAM-GC)等の作戦概念は、何をもって作戦の優位性を獲得するかが極めて曖昧であった。

 第二に、他軍種の作戦構想が軍種指揮官の視点に基づくものであるのに対して、AFDN1-20は戦域の戦闘コマンド司令官、つまり統合軍指揮官の立場で書かれていることである。米空軍は「グローバルな警戒(Global Vigilance)」、「グローバルな到達(Global Reach)」、「グローバルな戦力発揮(Global Power)」の機能を担っており、あらゆる地域の作戦に主導的役割を果たす必要があること、統合戦力の火力発揮を調整し最大効果を得るためには航空戦力運用にかかる指揮・統制機能が最も適していること等がその理由として考えられる。国防省においてJADO/JADC2が各軍種の戦い方を包括する構想として位置づけられたのは、このような航空戦力運用の考え方が統合運用に大きく寄与することが理由の一つと考えられる。

 第三に、米空軍がJADC2を支える先進戦闘管理システム(Advanced Battle Management System:ABMS)の実現にAFDN1-20策定と並行して取り組んできたことである。ABMSは元々は老朽化したE-3AWACSやE-8Joint Starの後継機事業に替えてゴールドフィン大将が立ち上げたプロジェクトである。
 戦域における目標情報の収集や融合、配分の機能を抗堪性を持つ網の目状のネットワークで行おうとするもので、プラットフォームからネットワークへの転換として注目を集めた。またABMSの開発に関するプロセスでは、従来の研究開発プロセスとは異なるアプローチが関心を集めている。
 情報通信技術に優れたスタートアップ企業との協力や他軍種のウェポン・システムをアプリやソフトで連接し、キル・チェーンを完結する試みを現場実験(オンランプ実験)として各戦域の戦闘コマンドの演習として実施している。
 他方でABMSは対象とする作戦のレベルや範囲が不明確であったことから、ケンドール空軍長官は着任直後からABMSに対して批判的であった。しかし、ABMSの運用要求やマイルストーンが明らかになるにつれて批判のトーンは下がっている。ケンドール長官が明示した空軍省として取り組むべき主要命題として、次世代制空戦闘機(Next Generation Air Dominance:NGAD)、地上配備型核抑止システム(Ground Based Strategic Deterrence:GBSD)等と並んで、ABMSも位置付けられている。加えて、米空軍には国防省内におけるJADO/JADC2を主導する役割も与えられている。
 他軍種でもABMSと類似のプロジェクト、すなわち陸軍の「Project Convergence」、海軍の「Project Overmuch」が進められているが、最終的にはABMSと連接され、JADC2の一部として機能することが期待されている。

 最後に、JADC2の追求は米空軍が抱える他の課題、すなわち近代化の遅れや戦力規模の縮小等に対する一定の解決策になっているという点である。JADC2によるJADOが実現すると、一軍種の特定のプラットフォームの火力に依存せず、様々な火力を目的、目標に応じて柔軟かつ適時適切に組み合わせることが理論上は可能となる。近代化の遅れたレガシーシステムも、ABMSを通じてネットワーク化されることによって、引き続き能力発揮が可能となる。
 エッジの効いた最新機能を短期間で開発しABMSのネットワークに連接することによって、その機能の規模が小さくても全体としての優位性獲得に寄与できる。従来は、様々な機能を一つのプラットフォームに載せようとする際、システム全体としてのバランスを取るため個々の機能の能力を下げざるを得なかったり、バランスを取るための試行錯誤によって開発に長期間を要し、開発費が高騰することもあった。
 しかし、個別の新たな機能をネットワーク化できれば、機能の最大発揮や開発期間の短縮も可能となる等、近代化の遅れの解消や開発・装備化の費用の低減により、レディネスに及ぼす影響も局限できると考えられる。

(3)空自に対する含意

 ABMSプロジェクトは未だ運用要求を検討している段階であり、装備化、実運用化までには一定の時間が掛かると考えられる。しかし、米軍は既に各軍種間でのネットワーク連接のみならず同盟国等とのネットワーク連接、情報の共有も想定してプロジェクトを推進している。既に構想の段階から同盟国軍のABMSへの関与を求めており、ABMSプロジェクトの定期的な情報共有の場に同盟国が招聘されたり、各国軍との調整を実施する部署も空軍省内に設置されている。
 またABMSに関する現場実験では、既に欧州の同盟国空軍のプラットフォームをネットワークに繋いで演習が実施されている等、同盟国との連接も想定内と見られる。

 最新の通信技術やクラウドを使ったネットワークの構築、データの共有、融合、配分等にAIや機械学習(Machine Learning:ML)の技術を適用することにより、指揮・統制機能を迅速化、最適化するのが狙いである。
 我が国も統合作戦構想を念頭に統合のC2系統の構築に速やかに着手すべきであり、その中核はJADGEをベースとする空自のC2系統であると考える。少なくとも統合運用の基本的C2が確立されていない限り、日米共同の場面において陸海空自衛隊のプラットフォームが個別に米軍のネットワークに加入することを求められてしまう。
 我が国の統合C2を構成した上で米軍のネットワークと連接する場合でも、米軍ネットワーク内におけるデータの処理、融合、共有、配分等に関する考え方やAI処理の判断基準、アルゴリズム等について熟知した上でネットワークに加入しなければ、日米間の指揮統制権の独立が曖昧になる等、政治的に難しい問題を抱えることとなる。

3 「迅速な戦闘展開(Agile Combat Employment:ACE)」(AFDN1-21)

(1)概要

 本ドクトリンノートは、2021年12月1日に現米空軍参謀総長ブラウン大将の署名によって発出されたものである。ACEという用語が何時から使われ始めたかは定かではない。しかし、中国のA2ADの脅威によって航空戦力発揮の前提である航空基地の脆弱性が明らかになるとともに、作戦運用、後方補給の大規模な拠点基地を構える現在の態勢では、航空作戦の遂行が困難と認識されてからであることは間違いない。

 本AFDN1-21においては、ACEに関連する重要な用語の定義、事態の推移に応じたACEの実行要領、ACEを実現させるための2つの能力促進要因とACEを構成する5つの核となる能力、3つの重要な要素が示されている。

 ACEの能力促進要因として、第一に「派遣可能で多機能なエアマン(Expeditionary and Multi-Capable Airmen)」、第二に「状況に合わせ構成される戦力パッケージ(Tailorable Force Package)」が挙げられている。脆弱な作戦運用基盤を分散しつつ、従来の大規模拠点における運用と同等量の戦力を提供するためには、敵の攻撃下においても分散された場所で様々な航空機をターンアラウンドし、必要なソーティ数を生み出さなければならない。
 分散された場所に派遣し得る人員数には限りがあることから、必然的に一人の要員が様々な業務を実施できる多機能の専門性を有していなければならない。また特定の場所でしか特定の航空戦力を運用できないならば、数が少なく高価値のアセットを運用する場所がボトルネックとなり全体としての戦力発揮を左右する可能性がある。したがって、状況に応じて柔軟に航空戦力を組み合わせ、パッケージ化することがACEの重要な要素となる。

 次に、ACEの5つの鍵となる機能として、①「態勢(Posture)」、②「指揮統制(Command &Control)」、③「展開と機動(Movement and Maneuver)」、④「防護(Protection)」、⑤「持続(Sustainment)」が示されている。

 ①「態勢」では、敵の威力圏内におけるリスクを低減し、戦域内及び戦域間の展開・機動を状況に応じて柔軟に実施するためには、レディネスの高い態勢が重要であるとしている。また、事態の進展に先んじて同盟国やパートナー国との調整を行うためにも、政府全体としてACEに取り組む必要があると指摘している。

 ②「指揮・統制(C2)」においては、先に述べたJADO/JADC2を前提として、ACE実行上のC2の要点を示している。作戦域内においてC2系統に対する攻撃や妨害を受けることは前提であり、被害を受け機能低下した状態でも作戦継続しなければならない。そのためには、適切な権限の委任と上級指揮官の意図の範囲内で臨機応変に任務を継続することがACEの鍵となる。

 ③「展開と機動」では、ACEを実行することによって能動的に敵の判断に働きかける、つまりACEの機動性、迅速性によって敵の攻撃計画を混乱させるなど、敵を出し抜いて優位性を維持しようとする主体的・能動的な意図が示されている。米空軍は世界規模で戦力を展開しているが、戦域内と各戦域間における迅速な戦力の展開や機動をよりダイナミックに実施することを前提としている。ACEを実行するに当たり、全て米軍の能力だけで自己完結することは考えておらず、民間力の活用によって輸送力の負担を軽減することも必要と考えている。

 ④「防護」は、航空基地がどこに所在していても、敵の攻撃を免れる「聖域」は存在しないというNDS2018の問題認識をベースにしている。そのため、積極防御と消極防御を適切に組み合わせた統合ミサイル防衛(IAMD)態勢の確立が戦力保全と戦力の最大発揮には不可欠であると強調している。現在の大規模な作戦拠点基地を中心にした防御計画や戦略はACEの分散運用に不適であり、分散運用を前提として統合戦力を展開させるとともに受け入れ国戦力との組み合わせも事前に計画しておくべきであるとしている。その際、情報機能、対情報機能、緊急事態管理機能、法執行機能等は、空軍単独で準備するのではなく統合の機能として準備するとともに、同盟国等の支援によって補完することも念頭に置くべきとしている。

 ⑤「持続」では、兵站システムや輸送システムを現在のプル型でジャスト・イン・タイムの効率性重視の兵站システム(現場のニーズに応え必要な時期に必要量を提供するもの)から、分散運用の最大効果を発揮することを重視したプッシュ型に転換すべきと述べている。敵の攻撃に晒される環境下においても戦力を展開し、防護し、持続するために、兵站インフラを大きく変革させ、戦時品と非戦時品を区別し優先順位を付けて配分する等の新たな取り組みが不可欠としている。特に広い戦域内において運用場所を増やす際、ACEによるソーティ数の確保に焦点が当たりがちであるが、作戦を持続するための後方補給、輸送のための細部計画の策定がより重要であると強調している。このことから、現地でサービス、補給、装備品等を確保するための新たな契約要領の策定などの重要性も指摘している。

 5つの鍵となる要素以外に、ACEにとって重要な3つの事項として、①情報戦、②インテリジェンス、③火力、を挙げている。戦力の展開、機動のタイミングや場所、規模等にかかわる明示的な情報は、戦略的メッセージとして抑止や同盟国支援の保証として機能する。
 また、能動的、受動的に関わらずACEの計画と実行においては、欺瞞的な情報の活用により敵の混乱や判断ミスを導くことができることも強調されている。同様にインテリジェンス、カウンター・インテリジェンスの活動もACEの実行に不可欠である。JADOとして全ての領域からの火力集中を実現するためにも、ACEの計画、実行の段階において、情報戦、インテリジェンス、火力の観点と任務指揮の活用が重要であると述べている。

(2)特徴

 AFDN1-21で示されたACEの特徴の第一は、前方展開戦力をベースに戦域外の拠点から航空戦力を投入する従来の航空作戦構想を大きく変えたことである。対等の競争相手である中露とのハイエンドの戦いを想定していること、弾道ミサイルや巡航ミサイル等のA2ADの脅威によって、戦域内のみならず戦域外の作戦拠点の脆弱性が増したこと等が理由として考えられる。そのため、攻勢主体であった従来の発想から、攻防の両面を重視したバランスを重視する作戦構想となっている。

 第二の特徴は、中国のA2ADの脅威に対する対応を検討する過程で、2010年代半ばごろから急速に発展した概念であるという点である。
 ACEの起源は、米国の安全保障・国防戦略(NSS/NDS)が見直された以降、米太平洋空軍との意見交換の場で示されたたった一枚のコンセプト・ペーパー(概念図)であったと仄聞する。その後、ハブとなる航空基地を中心に複数の航空基地を含んだクラスターを構成し、その中で航空戦力を柔軟に運用するという概念に発展したとされる。
 しかし、空自にとって特段目新しい構想では無かったはずである。何故なら、冷戦期に圧倒的戦力差のある旧ソ連空軍に対して防勢的な航空作戦で対抗しようとしていた空自にとって、作戦基盤である航空基地が攻撃を受けることは必然であった。
 それを前提とした上で、隠ぺい、掩ぺい等によって作戦基盤の抗堪化を図ると共に、被害復旧を行いつつ複数の飛行場群で粘り強く作戦を継続するという構想を有していたからである。
 しかし、法的制約によって民間飛行場の運用態勢を事前に整えることが困難であること、作戦基盤の抗堪化への予算措置が続かなかったこと等から、空自の構想は実現の目途が立たないまま現在に至っている。
 これに対して、米空軍のACEは既に実際の訓練や演習を重ねており、インド太平洋地域のみならず欧州方面においても中露のA2AD脅威に対抗する作戦構想として急速に検証、議論が重ねられ、ドクトリン化される一歩手前まで進展してきている。

 第三の特徴は、当然と言えば当然であるが、ACEはJADO/JADC2並びに次項で説明する「任務指揮」の考え方と整合されていることである。中露とのハイエンドの戦いにおいては、敵の攻撃を受け作戦基盤が機能不全に陥ったり、指揮統制系統(C2系統)が一部機能を失っても、作戦目的達成のために同調された作戦行動を継続しなければならない。また、ACEは、競争継続(Competition Continuum)という考え方に則り、平時からグレーゾーン、有事に至るまでのスパンでその活動や対応を捉えている。

(3)空自に対する含意

 第一にACEは、米統合軍の航空戦力がA2ADの脅威下においても航空戦力の特性を最大限発揮し、ハイエンドの戦いを制するための前提となる作戦構想である。インド太平洋地域という海洋域においてACEを実行するためには様々な工夫と努力が必要であり、また同盟国やパートナー国への期待は大きい。
 我が国周辺を含む地域内でACE実現のための環境を整えることは、わが国の南西諸島防衛の前提となる要時要域における航空優勢の獲得に寄与するのみならず、米国の対中作戦構想であるJADOの成否を左右する米国航空戦力を支援することにもつながることから、戦略的に大きな意義がある。

 第二に、米空軍のACEと空自の飛行場群の運用構想は類似した概念であるが、その考え方や姿勢には違いがある。日米共同作戦の計画・実行に当たっては、その違いに留意することが重要である。
 空自の飛行場群運用の構想は、敵の第一撃を受け一定の被害が生じる状況下でも粘り強く防空作戦を継続するための、受動的な構想である。これに対して米空軍のACEは、戦域への出入り、戦域内の機動などにおいて航空戦力の機動力や柔軟性、スピードを発揮して、敵の目標選定に関する判断を混乱させることを企図するなど、能動的な発想に立つ構想である。双方に共通するのは、「展開可能で多機能な能力を有するエアマン」の養成と維持がその構想実現の鍵であることである。既に、米空軍においては実動演習を通じて多機能な能力を付与するための訓練基準や実施要領の検討が具体化しており、米空軍のACEに対する取組みは空自を追い抜きつつある。JADC2を支える包括的な指揮・統制システムであるABMSが装備化されるまでの間においても、ACEを実現するための現実的な取り組みが進んでいる。インド太平洋地域におけるACE実現のために統合戦闘ネットワーク(Integrated Warfighting Network:IWN)を2022年夏を目途に立ち上げることが米空軍ニュースで報じられている。
 また、空自の改善提案に相当する制度において、ACE実現に寄与できる技術や装備に関するアイデアを募った結果、持ち運び可能な太陽光発電の器材によって分散された運用場所において必要な電力と水を一定量確保できる提案が最優秀賞となり、その実装化が見込まれている。

 第三に、このような米空軍の具体的な取り組みに対して、空自の飛行場群の運用構想は様々な制約を理由に具体化が遅々として進んでいない。飛行場群の整備が具体的に進まなくとも、今手に入る技術や装備品を使って如何に飛行場群の運用を可能にするかという発想に立って検討を進めることが重要である。
 民間飛行場をそのまま運用することを前提に持ち運びできる後方補給資器材を整備するなど、できる努力を継続すべきである。ブラダー・タンクの増勢、搭載Mx等を運搬・保管可能なコンテナの整備、衛星通信を使って何処でもATOを受領できる機動型C2 系統の構築、持ち運び可能な自家発動発電機の増勢、その他飛行場運用に不可欠な資器材のワンパッケージ化等、構想実現のために具体的に検討し実現に向けて予算措置すべき事項は多々ある。
 また、装備品の取得だけでなく操縦者、整備員、後方補給員を始めとして分散地での運用能力を身に付けるために必要な訓練実施基準の策定や練成訓練の計画、実行も重要である。滑走路被害状況下での運用に不可欠な短距離離着陸訓練を実際に演練したり、離陸後ただちに空中給油を受けて長時間戦闘する訓練を行う等、日頃からの訓練・演習で実施し、経験を積むべき事項は多い。
 必要であれば運用規則等の見直し、例外規定の設定なども必要であろう。中長期的には、ACEを実現するための鍵として挙げられている持続性(Sustainment)を担保するために、戦術空輸能力の大幅な強化(C-130/CH-47の増勢等)にも取り組むべきであろう。多機能の能力を付与する整備員や特技員の教育・訓練等を含めた要員養成計画の策定、実施など空自全体での組織的な取り組みが不可欠なものも多い。着手しなければ、状況は変わらないことを肝に銘ずべきである。

4 基本ドクトリン(AFDP1)の改正(作戦指揮(Mission Command)関連)

(1)概要

 AFDP1「空軍(The Air Force)」(10 March 2021)は、米空軍のドクトリン体系の最上位に位置づけられるドクトリン文書である。空自の教範体系における「指揮・運用綱要」に相当するものと言うことができるであろう。

 AFDP1には、次に述べるような本質的かつ普遍的内容がまとめられている。①何故戦うのか(戦争とは何か)、②我々は何者か(エアマンとはどういう特性を有する者なのか)、③我々は何を使うのか(エアパワーとは何か)、④どのように発揮するのか(航空戦力の本領)、である。
 ①においては、1)戦争の特質、2)レベル、3)競争継続の中での航空戦力、4)国家防衛戦略と目標、が示されている。②においては、米空軍のエアマンの核となる3つの価値観(Core Values:Integrity first, Service before self, Excellence in all we do)が示されている。③では、航空戦力の概観、基盤、エアマンが信じる航空戦力の見方、が記述してある。④においては、航空戦力をどう運用するかを示すために、7つの本領が示されている。そのうちの一つが「任務指揮(Mission Command)」である。AFDP1が2021年に改正された際、最も注目を集めたのがこの「任務指揮」であった。

(2)特徴

 AFDP1の特徴の第一は、NDS2018に示された新しい考え方が盛り込まれている点である。NDS2018で示された「競争継続」(Competition Continuum)という考え方を受け、統合ドクトリン・ノート(JDN1-19)[5]が策定されている。その中で、協力(Cooperation)、武力紛争以下の競争(Competition below armed conflict)、武力紛争(Armed Conflict)という戦争の全ての段階における航空戦力の使い方が明示されている。

 第二に、米空軍を明確に統合軍のための軍種であると位置づけるとともに、統合軍指揮官の目標達成にJADOを通じて寄与することが明示されていることである。我が国においても統合運用の重要性は認識され、統合運用の体制は段階的に整備されてきている。しかし、陸海空の教範やドクトリン関連文書においてここまで徹底して統合運用の考え方が示されているものはまだ存在していない。
 更にAFDN1-20で提示されたJADOの考え方がそのまま基本ドクトリン(AFDP1)に反映されている点である。このことは、関連ドクトリンの整合が図られている事実を示すのみならず、米空軍としてJADOにコミットする強い意志が感じられる。

 第三に、航空戦力の本領の一番目に「任務指揮」が挙げられていることである。以前のAFDP1で示されていた「一元的指揮・多元的実行(Centralized Control Decentralized Execution)」は「任務指揮」の実行を説明する項目の中に、「一元的指揮、分散された統制、多元的実行(Centralized Command, Distributed Control, and Decentralized Execution)」として再定義されている。
 2021年3月のAFDP1改正で一番目に付く変化が「任務指揮」の強調であった。NDS2018で求められる対等の戦略的競争相手とのハイエンドの戦いにおいて勝利するため、JADOの実行に不可欠な本領として示されたものと考えられる。長らく従事してきたテロとの戦いとは異なり、対等の競争相手によって我のC2系統が狙われ損害を受けることが前提となる。
 航空戦力を最大発揮するためには指揮官の意図が徹底され、C2が一部機能喪失した状況下にあっても委任された権限に基づき現場の柔軟な判断によって作戦を効果的に継続する必要があり、「任務指揮」の考え方を強調したものと考えられる。C2ネットワークを網の目状に構成したり、常時接続を前提とせず必要な時に接続、離脱を自由にできるネットワークの確立や、AIやMLを使った情報処理網を検討している。

(3)空自に対する含意

 本稿で紹介した米空軍の取組み、すなわち新たな戦い方を最上位のドクトリン文書に速やかに反映させ、他の関連文書とも整合させるプロセスは、空自も大いに参考にすべきである。空自もドクトリン関連文書の整備を進めてきているところではあるが、教範の体系との整理を含めて課題は多く、タイムリーな修正・変更ができていないのが実情である。
 昭和47年に制定された「指揮・運用綱要」は、空自の指揮・運用に関わる本質的・普遍的事項が格調高く表現されている。しかし、統合運用の進展、平時における国際平和協力活動等の常態化、ミサイル防衛体制の構築、任務の常態化、グレーゾーン事態に対する常続的警戒・監視の重要性の向上、更には宇宙・サイバー領域の作戦領域化への対応等々、制定後約50年にわたる我が国防衛のあり方に関わる大きな変化が反映されていない。
 勿論、今でも通用する普遍的かつ重要な考え方も含まれているので、残すべきもの変えるべきものをしっかりと見極めた上で再整理すべきであろう。その際、教範としての位置づけに拘泥することなく、空自で新たに整備しつつあるドクトリン関連文書への取り込みや他の教範へ分散させた書き込みなど、我が国特有の政治的制約を過度に受け過ぎず、航空戦力の本来あるべき運用の在り方(戦略的、攻勢的活用等)に関わる議論の触媒となるものにする着意が必要である。
 現在の教範体系の中で許容される議論だけに限定されてしまうと、航空戦力を扱う軍事組織の一員、軍事専門家として不可欠な姿勢や考え方、指揮運用綱要に「百時防衛行動を基準」として示された作戦運用を第一義とした軍事合理的な発想・考え方が廃れてしまうリスクを内包していることを忘れてはならない。

 「任務指揮」という考え方そのものは、作戦の推移が速く他自衛隊に比べてより柔軟な「統制」という考え方を採用する空自にとって馴染みやすい概念である。しかし、その考え方を現在の運用の基本である統合運用に反映させることについても考えるべきである。
 既存のBMD網を突破する新たなMx脅威への対応やドローン等によるスウォーム攻撃への対応、更には拒否的抑止力として保有する反撃力の運用(ターゲティング、指揮・命令、実行)を含めた統合ミサイル防空システム(IAMD)を確立し実効的に運用するためには、被害状況下においても柔軟に「任務指揮」できる態勢をわが国においても整えておくべきであろう。

5 おわりに

 本稿では、米空軍の動向を探る上で重要な手掛かりとなる米空軍の最近のドクトリン関連文書の概要や特徴、空自に対する含意について述べてきた。改めて、取り上げたAFDN1-20、AFDN1-21、AFDP1について確認する過程で、これらが既に一つのドクトリンとして纏め上げられ、「JADOにおける空軍省の役割(The Department of Air Force Role in Joint All Domain Operation)」(AFDP3-99 SDP3-99)[6]という米空軍並びに米宇宙軍のドクトリン文書として発出されている事実を確認した。

 一読したところAFDN1-20、AFDN1-21の考え方はほぼそのまま取り込まれている。「任務指揮」に関しては、JADOの指揮統制(Command &Control)の項目の「計画(Planning)」、「実行(Execution)」、「評価(Assessment)」の中に適切な権限委任を行うべきこととしてしっかり反映されている。今後、更なる内容の精査が必要であるが、その要点と方向性は本稿で紹介したものと大きな違いはない。

 国家防衛戦略の転換を受けて新たな戦い方を模索し、その成果を僅か4年でドクトリンに昇華させた米空軍の組織としての知的能力の高さには何時ものことながら驚かされる。今後はドクトリンに基づき装備体系、戦力組成、教育・訓練が整合されていくわけであるが、運用主導の発想、実行力が良く現れている。我が国においては、安全保障・防衛に関する独特の政策的制約や縛りが依然として残るのは事実であり、米軍のやり方が必ずしも空自に全て適合するわけではない。
 しかし、現在、厳しい安全保障環境の下で共通の脅威に直面している状況で、航空戦力を運用する軍事専門家である我々が少なくとも課題に対する姿勢や取り組みで米空軍に後れを取ってはなるまい。以下に、一連のドクトリン文書に関わる動きから筆者が捉えた空自の課題や取り組みに関する私見を述べて、本稿を締めくくりたい。

 まず第一に、米空軍のJADO/JADC2に対する取り組みは、ABMSの実装化を含めて実現に時間が掛かるものがある。しかし、今後も着実に進展し同盟国との共同作戦に関するベースとなることは間違いない。
 JADO/JADC2実現の鍵は、作戦運用に関わるデジタル・データを共有、融合、配分するC2ネットワークである。陸海空のアセットが個々にネットワーク化されるのではなく、一体化された形で米のC2ネットワークと連接するためにも、我が国における統合C2系統の確立、陸海空アセット間のネットワーク化を最優先すべきであろう。
 その際、既存のプラットフォームと新たなプラットフォームがソフトやアプリを使って自由に接続、離脱ができたり、民間のクラウドやネットワークも活用するなど、従来の発想に捉われない取り組みが重要である。

 第二に、日米共同によるACEの実現は、南西諸島防衛作戦に不可欠であるのみならず、米国航空戦力を戦域内に引き入れ、戦域外に離脱させないための鍵であり、戦略的な意義を有する。
 従って、米空軍のACEを十分に理解した上で、柔軟な発想を参考に、長年積み上げてきた空自の飛行場群の運用構想を更新すべきである。その際、法的な制約や予算上の観点から思考停止に陥ることなく、必要となるツール、アセットを具体的に検討し、準備を進めることが重要である。
 既存の民間飛行場の使用を前提とした訓練を実施するための環境を整えるとともに、多機能で多様な能力を有する要員の養成・維持に関する具体的な養成基準、計画を策定し、速やかに実行に移すべきであろう。

 最後に、新たな戦略をベースに新たな作戦構想を作り上げ、それをドクトリン化するとともに必要な装備品等を整備し、所要の訓練を行うという米空軍の運用構想主導のプロセスを参考とすべきである。
 我が国と米国では条件が異なるものの、常に国家防衛戦略は如何にあるべきか、そこに示された目標を達成するために如何なる作戦を実施すべきか、そのために必要な装備品は何か、如何なる人材を育成・維持すべきか等を検討し、実行可能な選択肢を常に準備しておくことは軍事専門家の責務であり、存在意義でもある。
 「指揮・運用綱要」の見直しやドクトリン関連文書と教範体系との関係整理なども、速やかに進められるべきであろう。そのような地道な活動によってのみ、予測困難な国際情勢の中で我が国防衛を全うするための政策策定に寄与し、最終的に我が国防衛の責務を果たし得るのである。

「米空軍の将来動向について(その2)」-米空軍態勢報告(U.S. Air Force Posture

この記事は、日米空軍友好協会(JAAGA)の機関誌「JAAGA便り」No.59に寄稿したものです。

1 はじめに

前回、JAAGA便りに「米空軍の将来動向について(その1)」として、CSBA報告書「米空軍の将来の戦闘空軍力に関する5つの優先事項」に関する個人的な分析を投稿させて頂いた。その切っ掛けは、昨年のJAAGA訪米団の一員として参加したAFAカンファレンス及び主要幹部との意見交換において感じた準備不足への反省であることは前回述べた通りである。前回取り上げたCSBA報告書以外にも、米空軍の将来動向を探るために参考になる文書等は多数存在するが、今回は米空軍態勢報告(USAF Posture StatementPS)を取り上げてみたい。

米空軍態勢報告(PS)とは、次年度の予算要求を行う過程において米空軍長官と米空軍参謀長が連名で作成し、米国議会(上院、下院)軍事委員会等の公聴会における説明の基礎資料である。この報告書は、次の三つの観点から米空軍の現状や将来動向を探る上で重要な手掛かりとなると考える。まず第一に、各予算年度毎に作成されるPSは、その時点における米空軍としての戦略環境等にかかる認識並びに米空軍の現状と課題等について言及されている。第二に、複数年度のPSを分析することで、米空軍の考え方のトレンドや変化を理解することが出来る。第三に、戦略体系文書の改訂などの安全保障政策の転換点や空軍参謀長等のリーダーシップの交替の節目における米空軍の対応や変化を知ることが出来る。特にトランプ政権発足後、米国の安全保障戦略、国家防衛戦略は大きな転換を遂げており、転換前後のPSを比較することで米空軍の変化の方向性やその背景的要因を理解することは将来を見通す上で重要な手掛かりを得られるものと考える。

本稿においては、FY2017PSからFY2021PS5年分のPSを分析することとしたい。この間に米空軍参謀長はウェルシュ大将からゴールドフィン大将へ、オバマ政権からトランプ政権に移行する等、リーダーシップの大きな転換の時期であった。また、2018年には国家防衛戦略が改定されるなど、米国国防政策の大きな転換の時期でもあり、その際の米空軍の変化やその方向性を確認することは将来を見通すうえで貴重な示唆を与えてくれるであろう。また、本年8月には米空軍第22代参謀長にC.Q.ブラウン大将(前PACAF司令官)がゴールドフィン大将の後任として就任した。今後、彼が初めて出すPSがどう変化するかを分析する為にも、この五年間のPSの流れを概観することには大きな意味がある。本稿ではFS2017PSから5年分のPSの概要並びにキーポイントを分析することにより、米空軍の将来動向を考えるヒントを探ると共に航空自衛隊に対するインプリケーションを考察することとしたい。

 

2 過去5年間の米空軍態勢報告(PS)の概要等

(1)全般

 5年間(FY2017FY2021)のPSを通して、2011年の予算制限法(Budget Control Act: BCA)以降、継続する国防予算の抑制傾向並びにテロとの戦いの継続(高いOPETEMPO)により、米空軍のレディネスの低下、戦力規模の縮小、近代化の遅れ等の負の影響が出ていることに対する強い危機感が示されている。

ウェルシュ大将の出したFY2017PSにもこの問題認識は示されており、政権交代、参謀長交替前から米空軍の継続する組織的課題であったことが伺える。但し、FY2017PS策定時には、国防戦略上の焦点は国際テロとの戦いであり、「Global Vigilance, Global Reach, Global Power(地球規模での監視、到達、力の行使)」というビジョンを米空軍は引き続き達成可能であると評価している。これに対して、ゴールドフィン大将は、彼にとっての最初のFY2018PSの冒頭において、「米空軍の規模が歴史的に最も小さくなり、技術的優位が危険に晒されている」ことから、任務達成が困難になりつつあることを間接的に示すなど、強烈な危機意識を表明し、速やかな改革が必要であると述べている。

 戦略文書(NSS,NDS)により大国間競争への回帰が示され、米議会からNDS2018を実現する為に必要となる米空軍の能力に関する検討を求められていることがゴールドフィン大将にとって二番目のFY2019PSに示されている。そして、その次のFY2020PSにおいて、「Air Force We Need: AFWN」という文書の中で386個飛行隊が必要であるとの検討結果が示されている。国家が求めることを実現する為に「空軍は小さすぎる(Air Force is too small)」と述べる一方で、「過去と同じで単に量が多いことは最善の答えではない(More of the same isn’t the best answer)」とも述べている。その為、最先端技術と革新的な方法によって戦略的競争のみならずハイエンドの戦いにも勝利できる圧倒的な優位性を獲得することを目指すと述べると共にその為の新たな作戦構想(Joint All Domain Operation: JADO)(当初はMulti-Domain Operation : MDO)を提示している。

落ち込んだレディネスの回復、戦力規模の増強、近代化の遅れの取り戻しという三つの重い課題を同時に解決し、大国間の競争(ハイエンドの戦い)に対応できる態勢づくりを行うことは決して容易なことではない。ゴールドフィン大将は、戦略文書策定以前から、PSにおいて米空軍の課題や問題認識を明確にしているが、年々課題へ取り組む焦点や優先順位を整理してきている。まず当面は、「衰退傾向の阻止」や「戦力の回復」を図るとして、レディネスの回復を最優先させつつ、必要な近代化を進めることを追求すると述べている。同時に従来のやり方では課題の解決は不可能であるとして新たな作戦構想概念(JADO)を提示している。また、「冷戦期の調達システムでは(大国間の競争に)勝てない」として、将来戦力を「より速くより賢く」実戦配備することによって敵に対する優位性を維持出来るのであり、その為に開発・調達プロセスの改革が必要であると強調している。

 FY2018PSからFY2021PSの流れを見るとゴールドフィン大将の問題認識は大きく変わらないものの、年々それに対する解決策が整理され焦点が明確になると共に各課題の関連性を踏まえて最終的には作戦構想から研究開発・調達の在り方を含む総合的な「戦力設計(Force Design)」へと収斂している。このような流れを踏まえ、後任のブラウン大将がどのような考え方をFY2022PSに示すのか、ゴールドフィン大将が主導してきた構想の核であるJADOJADC2ABMS等)を今後どのように発展させてゆくのかが今後の注目点となるであろう。

 

(2)各年度の態勢報告(PS)の概要等

 ア FY2017PS

オバマ政権末期に、ゴールドフィン大将の前任であるウェルシュ大将が策定した最後のPSである。中東における長年のテロとの戦いの継続と予算制限法(Budget Control Act: BCA)による予算抑制の影響により、戦力規模の縮小、レディネスの低下、近代化の遅れが生じているという空軍の問題認識は、事後のPSと共通するものである。また、米国の戦略的優位性は変わらないものの技術的優位や能力的優位は危険なほど差を詰められており、競争力の低下が紛争誘発の原因になりうると警告している。テロとの戦い継続によるOPTEMPOの影響よりも、オバマ政権下で作られた国防予算の上限を定めた予算制限法(BCA)とそれを巡る議会の動きの予測困難性がレディネスの維持や近代化に及ぼす影響が大きいとしてBCAの破棄を求めている。

他方で、戦略体系文書で示される脅威は、依然として非国家主体(国際テロ等)による非対称的アプローチへの対応(テロとの戦い)であり、空軍のビジョンである「Global Vigilance, Global Reach, Global Power(地球規模での監視、到達、力の行使)」は達成可能であると述べている。NDS2018が想定する大国間競争の結果として予期されるハイエンドの戦いは未だ想定されていないことから、戦力規模の縮小、レディネスの低下、近代化の遅れという問題が生み出す国家としてのリスクに関する認識が議会との間で共有できないというジレンマを抱えているように見える。従って、随所に危機感が示され、削減される予算の下で何を優先するかという難しい判断が求められているものの、最終的に求められる任務は達成可能であると読める内容となっている。ウェルシュ大将のPSの特徴の一つとして、各種課題やその影響に関する表現が婉曲的であり、ある意味で官僚的で曖昧な表現が多いことから、空軍のトップの問題認識や意図がストレートに伝わりにくい文書となっている。

 

  イ FY2018PS

ゴールドフィン参謀長にとって初めてのPSであり、トランプ政権となって半年後に出されたPSである。未だ戦略文書の改定は行われていないものの、敵対的勢力(中露)が米国の戦力投射や行動の自由を阻害する為の能力を急速に開発していること(A2AD能力の向上)、米軍が何十年も維持してきた圧倒的な軍事力、技術力の優位性が急速に失われつつあること、それらにより国際社会の不安定化と戦略的リスクが増大するという危機感を率直に示す文書となっている。

PSの冒頭で、どのような観点から分析しても同じ結論になるとして二つの強烈な問題認識を提示している。一つは、空軍の規模が求められる任務に対して小さすぎることであり、二つ目は、航空宇宙領域における米国の優位性が危険に晒されていることである。その上で、まず取り組むべき課題として、衰退傾向への歯止めと戦力の回復を上げている。前年度予算(FY2017)によるレディネス回復への着手並びにクリティカルな能力不足と近代化の遅れに関する対応を評価しつつも、それまでの予算削減や予算を巡る不安定さが戦略に基づいていないことを強く批判している。

戦力の回復の為の取り組みとして次の四つの分野を挙げている。①レディネスの回復、②費用対効果の高い近代化、③将来に向けた革新、④強力なリーダーの育成、である。①レディネスの回復に関しては、結局は人の問題であり専門家養成の為には募集、教育・訓練、維持が重要であり、必要な増員を行うとしている。また、空軍の心臓部でありレディネスを生み出す現場である飛行隊(SQ)の再活性化に努力する旨述べている。②費用対効果の高い近代化に関しては、最優先すべき近代化事業(F-35AKC-46B-21)の推進と核抑止力の近代化、宇宙における脅威への対応、サイバー領域の近代化を上げている。中でも米空軍が担う核のトライアッドの2/3の近代化と核のC3を重視する旨述べている。③の将来に向けた革新の為には、研究開発と試験・評価プロセスが死活的に重要であり、ゲームチェンジャーへの投資を増加すると共に、敵勢力に差を詰められることなく圧倒するために、調達プロセスの加速化が極めて重要であるとしている。

前年のFY2017PSと較べると単刀直入かつ簡明な表現の文書であり、問題認識と何をなすべきか、何をしたいのかが具体的に書き込まれ、参謀長の問題認識と意図が極めて明快な文書となっている。FY2018予算で、戦力の衰退化傾向を止め、戦力の回復を図ると共に必要な近代化を進めるという明確な意思表示はなされているものの、どのように改革を行うかという考え方は示し切れていない。

 

  ウ FY2019PS

二つの戦略文書(NSS2017NDS2018)を受けた最初のPSであり、戦略の大きな変更(大国間の競争、力による平和)を踏まえ、同等の大国と競争し、抑止し、ハイエンドの戦いにも勝利できる能力と規模を目指すという明確な意志が示されている。米空軍の現状に関する問題認識(長年に渡る予算削減と対テロ戦への専念によるレディネス低下、戦力規模の縮小、近代化の遅れ等)は変わっていないものの、達成すべき目標が戦略文書等によって明確になったことから、議会の要求に応じてNDS2018の実行に必要な空軍の能力に関する検討(検討結果は「AFWN」)を実施していることに言及している。

戦略環境と脅威認識を踏まえた5つの主任務(①航空・宇宙優勢の獲得、②地球規模の攻撃、③迅速な地球規模の機動、④地球規模のISR、⑤指揮・統制)、戦略的方向性(中露との長期的な競争、将来戦はMDOSQが戦力の基本単位)を示し、努力を継続すべき事項(レディネスの回復・維持、人のケア、核抑止力/戦力の近代化)、更にNDS実行に当たって変えなければならない事項(宇宙優勢、MDC2、航空優勢、対テロの軽攻撃能力、科学技術戦略)と予算的な優先順位(戦闘レディネスの改善、安全・確実・効果的な核抑止、費用対効果の高い近代化、防御可能な宇宙への迅速な移行、ネットワーク化された戦闘管理(Networked Battle Management)、同盟関係の強化)を提示している。また、それらを実行する上で必要となる空軍省改革(事業見直し、司令部見直し、調達見直し、業務の簡素化)が示されている単刀直入で理解しやすい表現と構成であり、問題認識と取り組みが極めて明確となっている。

他方で、これ以前のPSで示された予算削減に対する強い危機感の表明や議会に対する支援の要請は見当たらない。トランプ政権移行後に国防予算が増加されたこと踏まえたものと思われる。依然としてBCAの対象期間であり予算決定を巡るプロセスは予測困難な状況が続くものの、FY2018予算をある程度評価していることから、直接的な言及を避けたものと推測される。

戦略文書を受けた大国間競争とハイエンドの戦いに対応する新たな作戦構想の一部として、MDC2ABMSの考え方が表明されている。議会の要求に応えた検討(NDS実行に何が必要か、何個SQ必要か)を実施中であることに言及しており、検討結果(「AFWN」)はFY2020PSに反映されている。FY2018までに示していたJSTARSAWACSの換装(機種更新)事業を転換させ、MDC2に寄与するABMSへの移行(プラットフォームからシステムへの移行)を表明しているのは大きな特徴と言える。更に、米空軍の戦闘能力の基本がSQであり、それを再活性化することがNDS遂行に必要な将来のリーダー育成に繋がるというゴールドフィン大将の現場重視の考え方が伺える。

 

  エ FY2020PS

議会からの要請を受け、NDS実行の為に必要な空軍力を検討した結果(「AFWN」)を踏まえた初めてのPSであり、ゴールドフィン参謀長にとっては三回目のPSである。NDS2018が示す5つの主要任務(①本土防衛、②安全、確実、効果的な核抑止、③強力な通常戦力の敵の撃破、④機会主義的な侵略の抑止、⑤暴力的原理主義組織を費用対効果の高い方法で崩壊させる)において、競争し、抑止し、勝利する為には、空軍力が常に最前線に立たなければならないとの認識を示している。

AFWN」で示された386個飛行隊は、予算的に賄える戦力ではなく、NDSを実行する為に必要とされる理論的な戦力規模であるとしつつも、現状(312個飛行隊)では小さすぎるとして増強する必要性を強調している。他方で、規模を増やすだけでは議会に対する答えにはならないとして、新たな革新的方法で最先端の能力を生み出すための作戦構想(MDO)の概要を提示している。この構想は、センサー、ウェポン、プラット・フォームを統合ネットワークにより繋ぎ、情報の優越によって全ての領域の戦闘効果を同時にかつ総合的に向上させることにより、敵に対して許容できない程のジレンマを強要することを念頭に置いている。また、実戦的な実・仮想訓練場の整備などの取り組みと共に費用対効果が高い整備と後方を実現する為の取り組み(「Condition Based Maintenance」等)について考え方や具体的な取り組みを提示している。

技術的優位性を維持する為に、ゲームチェンジング技術(超音速兵器、指向エネルギー兵器、可変ジェット推進装置等)への投資と共にMDOの為のABMS開発やF-35の整備の推進等を追求する旨述べている。更に、宇宙領域における敵からの挑戦に対して、現在の優位性を維持する為には防御可能な宇宙態勢づくりを加速すべきとの認識を示している。トランプ政権が、宇宙領域が戦闘領域であるとの認識を公的に示したこと並びに独立軍種としての宇宙軍を目指す議会の動きを評価している。現在、宇宙オペレターであるが戦闘領域になったことに伴い、宇宙関連の専門家を戦士(WorrierWarfighter)にする為に時間と資源を投資するとしている。

大国間競争相手が軍民融合のアプローチによって技術的優位性を得ようとしているとの認識から、冷戦時代の調達システムでは勝てないとして、新たな調達プロセスが必要であり、より速くより賢く実戦配備する為に調達改革への取り組みを示している。議会から軍種に委譲された権限(開発事業に関するもの)を最大活用し調達プロセスを迅速化する努力を行っており、次の三つの要因、①プロトタイプ化(実現可能性、効果等の先行的な検証)、②テイラード調達戦略(事業の特性に応じた調達プロセス)、③迅速なソフトウェア開発(知的財産権やデータ、ソフトウェアに関する権利の取得)等への取り組みが貢献するとしている。調達システムの改革に当たっては、競争を増やし従来の軍事産業のみならず、革新的技術をもつ中小企業やスタートアップ企業との連携や早期の契約、柔軟な予算執行を可能にする制度の見直し等を実施している。

PSではFY2019PSではほとんど見られなかった予算に関する強い問題認識(「如何なる敵よりレディネスを痛めつけたのは予算」という強い表現)が改めて強調されている。レディネス回復が一朝一夕で出来るものではなく、同時に進める戦力規模の回復並びに近代化による優位性を保つ将来戦闘能力の獲得のためにも、十分な規模の予算が必要との認識を改めて示したものと考えられる。また、2021年が一応BCAの期限であり、トランプ政権移行後の予算を巡る流れを後戻りさせないという強い意志の表れとも言える。

FY2020PSは、過去2年のPS以上に分かり易さに意を用いており、簡明かつ端的な表現や構成になっている。問題認識や主張にかかるキーセンテンスを特だし(大文字、イタリック書体、本文から切り離しての掲載)する等の工夫が施されおり、議会に対する分かり易い説得に最大限の配意をしていることが伺われる。

 

  オ FY2021PS

ゴールドフィン参謀長にとって集大成となる最後のPSである。戦略文書を受けて前政権から続く課題(レディネスの回復、規模の回復、近代化の遅れ)に取り組み、最終的には大国間競争の時代に向けた将来の戦力設計(Force Design)として、新たな統合作戦構想(JADO)を提示すると共にその為の優先分野を示してる。

NDS2018の目標達成の為に、米空軍は次のことが出来る統合された戦力設計を追求しなければならないとして、4つの鍵となる資源投資分野を示している。①統合戦力の連結(ネットワーク化)、②宇宙の圧倒的支配、③戦闘力の創出、④攻撃下での後方の実施、である。ここに焦点を当てつつ、戦闘指揮官に準備ができた戦力を提供すること並びに人材育成と隊員・家族の面倒を見ることを重視すると述べている。

将来のハイエンドな戦いにおいて勝利する為の作戦構想がJADOであり、その為の指揮統制系統(JADC2)の構築と先進戦闘管理システム(ABMS)の開発を重視していること並びに米空軍がJADC2構築の努力を主導するとの意志が明確に示されてる。また、戦闘力の創出のため優先されてきた近代化事業(F-35B-21, KC-46F-15EXT-7等)に加えて、次世代航空優勢プログラム(NDAD)をプラットフォームとしてではなくシステムとして開発していく考えを示しており、プラットフォーム重視からJADO構想下でのシステムへの転換を図ろうとする方向性が読み取れる。更に、デジタル設計技術におけるブレークスルー効果を狙って三つの緊要な分野(①デジタル工学、②迅速なソフトウェア開発、③オープン・システム・アーキテクチャー)に投資すること、産業や企業との連携により技術革新を伴った装備品を少ない数でもより速く実戦配備することで技術的優位性を維持しようとしている。

大国間の競争相手からA2ADで挑戦されることから、ハイエンドの戦いにおいても所要のロジスティックを実行できるよう、基地防衛の充実、垂直離着陸の輸送機等の装備化を進める考えを示している。2020年を統合基地防衛元年として、戦力投射及び戦力発揮の基盤である基地を防護する為に必要な装備や訓練を実施するとしている。統合による基地防衛を目指しているのはA2ADへの対応を念頭に置いているものではあるが、米軍の中で戦闘域内の作戦基盤の防衛がどの軍種の所掌か明確になっていない点も伺える。

大国間の競争相手に関連する地域として北極圏の重要性を指摘しており、この地域における能力強化と関係国との連携を強化すると述べている。また、暴力的原理組織に対しては、軽攻撃プログラムの開発と実証を通じて対処能力の向上と実際の活動支援を両立させようとしている。更に、人材が最も重要なアセットであるとして、統合リーダーを育成する為に新たな評価基準を設けると共に昇任制度の見直し(昇任管理委員会の6分割化、早期昇任制度の廃止)を行ったこと、家族を含めた支援を充実させる旨強調している。

 

3 まとめ

 本稿は米空軍の将来動向を探るための手掛かりとしてFY2017PSからFY2021PS5年間の米空軍態勢報告(PS)の概要とキーワード等の分析を試みたものである。この期間は、大統領、米空軍参謀長等、主要リーダーシップの交替並びに戦略関連文書(NSSNDS)等の策定による国防政策の転換などの大きな節目であり、米空軍の問題認識と課題解決の方向性にも変化があったことから米空軍の将来動向を探るうえで大きな意義がある。特にテロとの戦いが継続することによる高いOPTEMPOが二十年以上継続すること並びに国防予算の抑制傾向が続くことにより、レディネスの低下、戦力規模の縮小、近代化の遅れ等は米空軍にとって継続する深刻な問題であった。その問題を解決しつつNDS2018が求める大国間の競争、抑止、勝利を追求できる態勢に移行することは決して容易ではない。ウエルシュ大将の後を受けたゴールドフィン大将は、この課題に真正面から取り組み、最終的には作戦構想(JADO)や装備品の調達改革、作戦基盤の防護や効率的な後方・整備体制の確立、核抑止機能を含む近代化の推進等の重要な取り組みを総合的に包含する新たな「戦力設計(Force Design)」を提示している。勿論、今後の進捗によって適宜見直しはなされるであろうが大きな流れは変わらないものと推察される。新参謀長ブラウン大将が就任後の方針として「ACOL: Accelerate Change or Loose」を示したことは前ゴールドフィン大将が示したこの新たな戦力設計(What)を継承し、その迅速な実現(How)に取り組むという意志の表れであるとも考えられる。その意味でブラウン大将が策定するFY2020PSにも注目し本稿で分析した5年間のPSとの比較を通じて違いを見ていく必要がある。

 今回のPSの分析から見える空自へのインプリケーションとしては次のようなものが考えられる。まず第一に、米空軍はNDS2018が求める大国間競争への対応を追求していく中で、新たな戦力設計に含まれる様々な改革を進めることが予期されるが、その核心は作戦構想(JADO)であり、その為のJADOC2の確立やABMSの整備をスピード感をもって追求することが予想される。この動向をしっかりと踏まえつつ、米中の大国間競争の最前線に位置する我が国の位置づけを認識し、南西域の島嶼部防衛を如何に効果的に日米共同で行うか、その為に必要なことは何かを見極めつつ先行的に体制整備を行う必要がある。第二に、その為の鍵はセンサーやシューターのネットワーク化であり、軍種や領域を超えて連結しデータを共有できるC2系を構築することが不可欠である。米国としても同盟国との連携を重視しているが、米国からのアプローチを待っているだけだと米軍の基準や装備を受け入れることを強要されることは明白である。従って、日本としての領域横断作戦を実現できる独自の統合ネットワークやC2系統の確立が不可欠である。当面は、統合防空システム(IAMD)をひな型として検討を先行的に進化させておくべきであろう。第三に、米空軍が抱えてきたレディネスの低下、規模の縮小、近代化の遅れ等の課題は、空自にとって無関係ではない。平時における対領空侵犯措置の増加や大規模災害へのより能動的な対応、様々な国との安全保障協力の推進など、自衛隊の活動に対する要求はどんどん高くなる傾向の下で、ミサイル防衛態勢の強化や抑止力を担保する新たな機能の整備、老朽した装備品の維持等を限られた予算で実施しなければならない。様々な課題の解決が予算や人的資源の制約などから思うように進まない状況も問題を複雑にしている。個々の分野で出来ることを少しづつ着実に実施することも重要ではあるが、全体を俯瞰し戦力設計のレベルから見直し、総合的なネット・アセスメントによって課題解決の優先順位を付けると共に従来の発想に捉われず制度や仕組みを変えることによってブレークスルーする等、ゴールドフィン大将が主導した米空軍のアプローチについて大いに参考にすべきであろう。その為には、ネットアセスメント等の新たな手法による総合的な分析、検討を行いつつスピード感をもって各種施策の検討・立案・実行ができるよう空幕を下支えできるシンクタンク的な機能の強化が重要である。また、組織が将来において如何なる試練に直面しても責務を完遂できる組織であり続けるためには、人材の養成とリーダーの育成が必須の要件である。米空軍並びに米宇宙軍が常に優先順位の第一番に掲げる人材の育成に関しては、空自としても現状を踏まえつつ抜本的な改革に全力で取り組むべきであると考える。

「米国の対中軍事戦略の動向について」

本稿は、つばさ時評第〇号(2020年▽号)に寄稿したものを転載するものです。

 1 はじめに

       国防省のシンクタンクであるCSBA(戦略予算評価局)が、2019年3月、「鎖を締める:西太平洋における海洋圧力戦略の実行:“Tightening the Chain: Implementing a Strategy of Maritime Pressure in the Western Pacific”)」(以降、「MPS」と呼ぶ。)という報告書を発表した。対中融和姿勢が顕著であった前オバマ政権下で、様々な対中作戦構想等が検討されたものの、その議論は紆余曲折し、なかなか具体的な姿が見えてこなかった。本MPSの発表により、米国の対中軍事作戦構想を巡る混迷にようやく終止符が打たれ、対中戦略の進展に繋がると歓迎する意見もある。しかしながら、報告書の中で述べている通り、本戦略の実現の為には、所要の予算確保のみならず、「次のステップ」で提示された課題をクリアーしなければならない。すなわち、本報告書の構想を統合作戦構想へ発展させることや組織の見直し、所要の能力向上や新規装備品の開発・配備などが必要とされる。本報告書が示すアプローチは、次項以降で述べるように評価できる点が多々あるものの依然として課題も多数残っている。本稿では、評価できる点と課題等について明らかにすることにより、上記報告書の概要を理解すると共にわが国の防衛戦略に対するインプリケーションを考察するものである。

 2 本報告書の評価できる点について

     本報告書のアプローチは、以下の点で従前の対中軍事作戦構想より高く評価できると言える。まず第一に、最も評価できるのは、中国のA2/AD戦略の狙いや本質を十分理解したうえで作戦構想を構築している点である。これまでCSBAや米海軍大学を中心に議論されてきた数々の対中軍事作戦構想(Air Sea BattleOff-shore StrategyDeterrence by DenialJoint Access and Maneuver to Global Commons: JAM-GC等)は、政権の対中スタンスの影響もあり、A2AD能力による挑戦に対する具体的な作戦構想というよりも一般的な作戦概念に収斂してきた。つまり中国のA2AD戦略の狙いや本質(非対称的アプローチ)に対する個別具体的な対応が不明確であった。中国のA2AD戦略の狙いとは、中国が「核心的利益」とする台湾に対して既成事実化(すなわち台湾の占領)を図るまでの間、第三国、つまり米国の関与を阻止・拒否しようとするものである。更に、その為の手段とアプローチは、圧倒的に有利な米国の海空戦力と正面から戦うことは想定しておらず、非対称的なアプローチに軸足がある。まず、米軍が大きく依存するサイバー・宇宙領域において、C2ISR機能を妨害する。その後、費用対効果が高く米国との間に能力ギャップを生じている中距離の弾道ミサイルや巡航ミサイル等によって、米海空戦力の戦域への接近阻止を図る。その上で、距離的に有利な第一列島線の内側で優位性を確保し領域拒否を図ろうとするものである。これに対して、本MPSは、その狙いと本質を十分踏まえた上で、中国のA2AD環境下においても「a fait accompli(既成事実)化を拒否するためのアプローチを提示している点が従前の構想とは大きく異なる点である。

     第二に、そのための作戦運用上の新たな概念として「Inside-Out Defense Concept」を提示していることである。これは、緒戦の弾道ミサイル・巡行ミサイル等による飽和攻撃にさらされる空軍、海軍の前方展開戦力に替わって、地上発射型の短・中距離ミサイルを装備した陸軍、海兵隊の部隊を第一列島線上に配備し、中国の既成事実化の動きに対してコストを強要することにより「拒否的抑止」を図ろうとするものである。特に、第一列島線に展開した「Inside Force」たる陸・海兵隊兵の部隊は、機動性と消極的防御策(隠ぺい、掩蔽、分散、抗坦化)を組み合わせることにより生存性を確保しつつ、戦闘を継続する。そして、戦力保全のため第二列島線まで退避する「Outside Force」たる海空戦力と連携してA2AD網を突破し、敵の重心を攻撃することを企図するものである。

     第三に、INF全廃条約から離脱した機会を最大限活用していることである。INF全廃条約からの離脱の主たる理由はロシアの条約義務不履行である。しかし、同時にINF全廃条約の下で生起していた中国との短・中距離Mxの圧倒的な能力差(ストライク・ギャップ)も戦略的な懸念事項であった。条約離脱の機会を捉えて、SM-6LRASMSRBM、地上発射型トマホーク等の活用により、米中間のギャップを埋めると共に敵に対するコストを強要し拒否的抑止の実効性を高めようとしている。

      第四に、本報告書は中国の狙いの達成を阻止する戦略的アプローチ(Deterrence by Denial)とそのための作戦運用概念(Inside-Out Defense)を示しつつ、これらの具体化を図る次なるステップも併せて提示していることである。つまり、戦略的アプローチと作戦運用概念を具体的に実行に移すための課題も明示しているのであり、説得力のある構想の提示となっている。

     最後に、CSBAの矜持ともいえるが、本報告書の提言を具体化するために必要となる費用の見積もりも提示している点である。それによると、2024年までに約0.9兆円~1.4兆円(約$8Billion~13Billion)の費用が必要と見積もられている。統合作戦概念への進化にかかる費用のみならず、組織編成の見直し、能力向上のための装備品の整備、同盟国との協力までの幅広く具体的な分野における費用の見積もりがなされている。政治が意思決定するために必要な情報が提示されており、本報告書の特徴の一つともいえる。

3 本報告書の課題等について

      前項で述べた5つの点から本MPSは高く評価できるものの、次に示すような大きな課題も有ると考える。まず第一に、「名は体を現す」といわれるが、MPSは何を狙いとして行う作戦構想なのか、その名前だけでは全く理解できない。示されているアプローチは陸・海兵隊戦力の活用と海空戦力の連携による「クロス・ドメイン」作戦であり、MPSの名称はそれを的確に表現していない。対中作戦構想は、第一列島線上に位置する同盟国や友好国と十分に共有される必要があり、その意味で名称は再考すべきであろう。

     第二に、過去の作戦構想等と同じく「戦略」と銘打っているものの、内容は中国のA2ADに対抗する「拒否的抑止」を主軸とした作戦構想である。平時~グレーゾーン事態への対応や「拒否的抑止」が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーション・コントロールへの対応が欠けていることである。これまでの構想は、政府の対中融和スタンスに配慮し、通常戦力であっても中国本土への攻撃を必要最小限にとどめようとしたことで、作戦の実効性や戦略としての妥当性に疑問を持たれる結果となった。トランプ政権の中国の位置づけは、各戦略文書で明らかなように力による現状変更を行う脅威であり、「競争相手」である。拒否的抑止が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーションのコントロールについても十分に検討されなければならない。2018年に示された「核態勢見直し(NPR[i]」との整合も図る必要があろう。更に、本MPSで言及されていない平時からグレーゾーン事態への対応についても、2019年に策定された「インド太平洋戦略[ii]」を踏まえた検討を加えることで、中国に対する戦略の大枠が抜け無く整うものと考える。

     第三に、前項とも関連するが、現在生じている米中間の所謂「ストライク・ギャップ」(中国の中距離弾道ミサイル、巡航ミサイル等における圧倒的優位な状況)への対応である。現状の米中間の「ストライク・ギャップ」は、冷戦期にソ連がSS-20を配備したことで、NATOは米国の核の拡大抑止に対する信頼性に不安を感じ、「デカップリング」を恐れた。つまりギャップの存在によって、中国との本格的武力紛争、更には核戦争へのエスカレーションを米国が躊躇した場合、台湾占領等の既成事実化を認めるのではないかと言う懸念が生じる可能性がある。特に台湾の位置づけを巡る米中の認識には大きな差がある。中国にとっては武力行使も辞さない「核心的利益」であり、「中華民族の偉大な復興」に欠かせない中台統一は国家の夢である。他方、米国にとっての台湾は、イデオロギーの戦いでもあった冷戦期には、「自由と民主主義」を掲げる西側の一部であり譲れない一線であった。しかし、「アメリカ第一主義」を掲げ、価値観や規範を重視市内bトランプ政権が何処まで台湾防衛にコミットするかは疑問であり、それが現実になる前に「デカップリング」を解消するための手立てを早急に検討し、進める必要がある。

      第四に、本MPSの柱である「Inside Force」の生存性が担保できるか否かに疑問が残ること並びに「Inside Force」と「Outside Force」のターゲッティングが如何に担保されるか不明な点である。本報告書では、機動分散型の対艦・対地ミサイルを装備した陸上部隊及び水陸両用部隊がCCDCamouflageConcealmentDeception)と機動性を駆使して生存を確保しつつ戦闘を継続すること、それによって彼の攻撃計画の見積もりに不確定要素を突きつけ拒否的抑止を機能させようとしている。しかし、第一列島線、特に南西域の島嶼部には十分な地積も無い上に、土地や施設の軍事的利用にネガティブな現実があることも念頭に置かなければならない。更に、第一列島線上の同盟国、友好国の警戒監視能力等には大きな差があり、A2AD環境下で適切なターゲッティングを担保する為の体制を如何に整えるかは対A2AD作戦の成否を左右する鍵になるものと考えられる。

     最後に、中国のA2AD戦略の非対称性の一つであるサイバー領域並びに宇宙領域における米国のC2ISR能力を減殺する行動に対して如何に対応するかについて殆ど言及されていないことである。この点に関して米国は既に「第三の相殺戦略[iii]」として、A/I、無人機、レーザー等の科学技術力に立脚した優位性の確保を目指すとしている。しかし、その実現には未だ一定の時間を要すること、その効果について明確でないこと等から、西太平洋、東・南シナ海におけるC4ISR能力を担保するための具体的な方策の検討と実行が不可欠である。この点に関する踏み込みの甘さは、本報告の欠点の一つとして指摘されるべきであろう。

4 おわりに

     本MPSは、さらなる検討・改善すべき点を多々あるものの、米国において迷走している観のあった対中軍事作戦構想の実効的な方向を示したものであり評価できる。特に、中国のA2AD戦略が既成事実化を図るために第三国の介入を阻止しようとするものであることを踏まえた上で戦略を構築しようとしている点は極めて大きな進展である。他方で、本稿で指摘した課題等について更に検討を深めると共に、我が国をはじめとする第一列島線上の同盟国、友好国との連携をより緊密化しなければならない。我が国も30大綱において「多次元統合防衛力」を構築し、クロスドメインに戦いにより南西の島嶼防衛態勢を確立する為の努力を開始したところであるが、より一層米国との戦略や作戦構想の擦り合わせを具体的かつ緊密に実施してゆかなければならない。

     本MPSの我が国に対するインプリケーションは、次のようなものであると考える。①30大綱に示す「多次元統合防衛力」の構築による島嶼防衛態勢の確立という方向性は米国の作戦構想に寄与するものであり着実に進展させるべき、新たな領域における取組を加速し我の脆弱点をカバーし、彼の非対称的アプローチの効果を低減させるべき、クロスドメインの戦いをより効果的にするため統合・共同作戦計画を具体化させるべき、④30大綱で新たに掲げた「持続性、強靭性の強化」のうち、特に強靭性の強化策を迅速かつ徹底して推進すべき、核の拡大抑止に係る協議を進展させ必要な施策を実行すべき、等である。

     米国が安全保障上の軸足をアジア・太平洋に「リバランス」し、中国とあらゆる分野における競争を始めている中にあって、日本は最前線の同盟国である。冷戦期とは異なり、我が国は主体的かつ能動的に米国と戦略や作戦構想との整合を図る責任を有するのである。いずれにせよ、日米並びに関係国が、中国による如何なる不法かつ一方的な現状変更や軍事力を使用した既成事実化を拒否する強固な意志と能力を構築していくことが、21世紀のインド太平洋における平和と安定に繋がる道である。

[i] The Department of Defense, “Nuclear Posture Review,” February, 2018

[ii] The Department of Defense, “Indo-Pacific Strategy Report,” June 1, 2019

[iii] Chuck Hagel, “Secretary of Defense Speech: Reagan National Defense Forum Keynote,” U.S. Department of Defense, November 15, 2014, http://www.defense.gov/News/Speeches/Speech-View/Article/606635201411月「国防革新イニシアティブ」

米空軍の将来動向について(その1):CSBA報告書「米空軍の将来の戦闘空軍力に関する5つの優先事項」

この記事は、日米空軍友好協会(JAAGA)の機関誌「JAAGA便り」No.58に寄稿したものです。


1 はじめに

 昨年9月、つばさ会/JAAGA訪米団の一員として米国を訪問するという貴重な機会を得た(成果の細部は、JAAGAだより第57号を参照されたい)。期間中の米部隊研修、主要コマンドの指揮官・幕僚との意見交換及び米空軍協会主催のシンポジウムへの参加を通じて、米空軍を含む米軍が大きな転換期にあるとの印象を持った。2017年の政権交代に伴い一連の戦略文書が見直された結果、米国の対中スタンスが、関与政策(「Engagement」)を通じて中国が「責任のあるステークホルダー」となることを期待する融和的なものから、「力による平和」を求め「大国間の競争」に勝利するという厳しい対決姿勢に回帰したことが背景にあったからだ。米国滞在間の意見交換やブリーフィングを通じて、米空軍の将来動向が朧気ながら見えてくるような気もしたが、筆者の英語の聞き取り能力の不足や背景的な知識不足もあり、不明な点が消化不良のまま残ってしまったというのが実態であった。帰国後、少しでも疑問を解消したいとの思いで、関連資料をネット検索していた時に偶然、本報告書に出会った。読み進めるにつれ、自分の疑問が解消してゆくのと同時に米空軍の将来動向に興味を持つ者にとっては意味のある報告書であると考えたのが、本稿を書き始めた理由である。報告書は、「大国間の競争」相手である中露とのハイエンドな戦いを抑止し、勝利する為に米空軍が優先すべき5つの事項を提言している。従来の対中軍事戦略を巡る議論で余り適切に認識されていなかったA2AD戦略の狙いやハイエンドの戦いにおける適正な彼我の能力評価などがベースとなっており、概ね首肯できる内容となっている。南西域を主体とする我が国の島嶼防衛作戦は、米国の対中軍事作戦の一部でもあると言え、実効的な日米共同の観点からも米空軍の考え方や将来動向を見極めることは極めて重要である。また、本報告書の内容は、30大綱を受けて「進化」が求められている空自にとっても示唆に富むものであると考える。本稿の目的は、米国の民間シンクタンクである戦略予算評価センター(Center for Strategic Budgetary and Assessments: CSBA)が出した報告書を通して、米空軍の対中軍事作戦の考え方や将来動向を探ると共に空自に対する示唆を考察することである。そのため、まず報告書の要点、キーワード等を各章ごとに紹介し、その上で空自に対する示唆を考察し、まとめとしたい。

 

2 報告書の概要とキーワード等点

(1)概要

ア 本報告書は、ワシントンD.C.に所在する民間シンクタンクCSBAが2020年1月に出した72ページからなる報告書である。本報告書は、「総括的要約と提言」、各提言の細部を詳しく説明する5つの章並びに結論から構成されている。「総括的要約と提言」並びに各章の中見出しを拾って読むだけで概要を概ね理解できる構成となっている。また各種見積もりの比較や数値見積もりによる分析、概念図の提示など、理解を促進する工夫がなされており、説得力のある報告書となっている。

イ 本報告書は、米空軍が将来に備えるために優先すべき5つ事項を提言していが、特に興味深い点は、以下の5つである。まず第一に、2018国防戦略(National Defense Strategy :2018NDS)を実行するためには、中露の侵攻をほぼ同時に打破できる能力(Forces to defeat Chinese and Russian acts of aggression nearly simultaneously )が必要であるとしていることである。これは中露が武力攻撃に至らない状況(グレーゾーン)で既成事実化を図る戦略を取っており、一方との本格的な紛争の生起は他方の現状変更の試みを誘引する可能性が高いことから、妥当な考え方と言える。他方で、中露に対処する欧州方面並びにインド・太平洋地域のそれぞれの地理的特性から、統合運用を前提としても空軍力のみが双方へ同時に対応できる能力が必要とされると主張している。その上で、現在の米空軍戦力ではその能力が不足しており、必要とされる戦力規模との間のギャップを早急に埋める必要があると指摘している。第二に、中露の統合防空網(Integrated Air and Missile Defense: IAMD)の能力評価に基づき、敵の防空エリアに突入するにはステルス性が最低限の要件である一方で、現状ではそれを備えるプラットフォームの数に限りがあり、損耗のリスクがあると共に所要の攻撃効果を上げるのは困難であることを認めていることである。第三に、中露のA2AD能力向上により前方展開基地等は脆弱であることから、敵の脅威圏外から戦力を投射・発揮できる能力の向上と同時に戦域内で十分な戦力発揮が出来るよう強靭性を備えた態勢(基地、インフラ、後方補給態勢等)を構築すべきであると提言していることである。これは、米国の対中軍事戦略を巡る議論の中で、日本を含む域内の同盟国が抱いてきた「見捨てられる」懸念を払しょくするものであり、米国の本気度を示すものであると言えよう。第四に、無人航空システム(Unmanned Aerial System:UAS)を幅広く任務活用する為、開発を進めるべきとしているが、低価格で消費可能なUASの活用を提言していることである。これによって、グレーゾーン事態への対処における実効性の向上及びハイエンドの戦いにおける脆弱性の低減を狙っているためである。最後に、超音速兵器、燃料効率の高いエンジン(E/G)、戦域管理の為の指揮・統制系統(Command and Control: C2)等を次世代の戦力増幅機能(Force Multiplier)と見做し、それらの開発を加速すべきとしていることである。これは、AWACSや空中給油機等のプラットフォームを戦力増幅機能としていた従来の考え方からの大きな転換であると言えよう。

 

(2)各章の内容と要点

ア「第1章:大国間紛争の為に必要な戦闘空軍力(CAF)の規模」

 米国議会の要請に基づき、米空軍、MITRE(米国の非営利団体)、CSBAの三者は、2018NDS実行の為に必要とされる空軍戦力の規模等を検討したされる。本報告書では、その比較検討の結果に言及しているが、三者とも現有の米空軍の戦力では2018NDS実行には規模が不足しており、増強すべきという点で共通している。米空軍の検討結果は、「我々が必要とする空軍:Air Force We Need: AFWN」として取り纏められ、2030年までに386個飛行隊が必要であるとしている。(現有飛行隊数は316個飛行隊)これは、国防予算削減継続の影響とテロとの戦いでオペレーション・テンポが高い状態の継続により、レディネスの低下と共に戦力規模が歴史的に最低レベルまで低下している米空軍の現状に対する懸念が広く共有されていることを意味している。(他の資料に基づく減少規模は、湾岸戦争時(1991年)との比較で以下の通り。人員:30%減、航空機数:35%減、総飛行隊数:23%減、戦闘機飛行隊数:50%減)

 一方、増強すべき分野(戦闘機、爆撃機)や増強のペース、新旧プラットフォームの比率等の細部は、三者の主張は微妙に異なるが報告書中の比較分析表等が参考となる。本報告書においてCSBAは、戦力組成の比重を戦闘機から爆撃機にシフトさせるべきとしている。それは、紛争初期に脅威の及ばない戦域近傍に多数の戦闘機を集中させて航空優勢を獲得するという湾岸戦争のようなシナリオはA2ADの脅威下では既に成り立たなくなっているという認識からである。また、核のトライアッドを適切に担保する爆撃機の組成を維持すると共に空中給油機への負担を軽減したいという考え方によるものである。

 更に、本報告書の注目すべき考え方は、2018NDS実行に為には、中露の侵攻をほぼ同時に打破できる能力が必要であり、戦域と軍種の特性から空軍力のみがそれを必要とされているという点である。つまり統合作戦が前提であっても、陸軍が欧州方面で、太平洋方面では海軍、海兵隊が主要な役割を果たすが、空軍は両地域での航空・宇宙優勢の獲得や重要目標に対する精密攻撃等を行うことが前提なのである。中露共にグレーゾーンにおける既成事実化を狙いとしており、一方との武力紛争生起が他方の行動の誘因とならないようにする観点からも妥当な考え方であろう。

 本章のキーワードは「Size & Force Mix(規模と戦力組成)」である。必要な戦力規模を適切に見積もることは容易な作業ではない。またその評価も極めて難しいが、本報告書では米空軍、MITRE、CSBAの見積もりを比較分析しながら最大公約数的な結論、つまり2018NDS実行の為には現在の戦力規模(312個飛行隊)では不足していること、戦力組成が戦闘機に偏っておりA2ADの脅威を踏まえれば適正ではないことを指摘している。

 

イ「第2章:より残存性の高い戦闘空軍力(CAF)の構築」

 この章では、中露の兵器システム、特にIAMDシステムの発達により米空軍力の優位性が失われ、損耗リスクが増大しているという認識に基づき、生存性を高める様々な方策を取るべきことが提言されている。これは、逆に言うと高性能のIAMD網で厳重に防護されている地域、目標、つまり敵領域内の目標に対して攻撃することを想定していることでもある。経済的な相互依存関係を重視する政治的判断に配慮し、中国大陸への攻撃を極力表に出さなかった従来の議論では、中国のA2AD戦略に如何に対抗し、最終的にどう決着させるのかが不明確であった。軍事合理的な検討に基づく本報告書は、より実効的な作戦構想に繋がるものと考えられる。

 更に、中露の空対空の脅威も増大してきており、我の任務達成率が低下すると評価している。つまり彼らも第5世代戦闘機や長射程Mx等の配備を進めると共に敵を混乱させ対抗機動を難しくする実戦的な訓練も行われており、我の高価値・在空アセット(High Value Airborne Asset: HVAA)への脅威が増大していると分析している。統合防空網(IAMD)の脅威に加えて、空対空の脅威も増大していることから、航空作戦全体の有効性が低下すると懸念している。他方で、脅威圏外から長距離スタンドオフ兵器に依存する戦いも、費用対効果的には不適切であり、最低条件として将来のCAFはステルス性又は低被確認性(Stealth or Low Observability: S/LO)を確保しなければならないとして、次の五つの鍵となる技術を例示している。①先進の形状設計、②全方位・多周波数帯の反射管理、③低出力・狭バンド幅の通信、データリンク、④先進センサー、⑤多次元での相互運用性。

 地対空、空対空の脅威が増している反面、予算削減やテロとの戦いへの専念への影響により、脅威度の高い地域で作戦出来るステルス性を備えたプラットフォームは少ないのが現状である。従って、短期的にはF-35、F-22、近代化されたB-2などの五世代機の調達を最大化すること、中長期的には脅威の高い環境下で敵防空網制圧・破壊(Suppression of Enemy Air Defense/Destruction of Enemy Air Defense: SEAD/DEAD)を実施でき、進入した後の対航空/電子攻撃(Penetrating Counterair/Penetrating Electronic Attack: PCA/PEA)ができる能力を有する航空機や脅威下でも情報・捜索・偵察機能(Intelligence Surveillance Reconnaissance : ISR)が発揮できる侵攻ISR機(Penetrating-ISR:P-ISR)機を開発すべきとしている。

 この章のキーワードは「ステルス又は低被確認性(S/LO)」である。高性能なIAMD網を突破し、戦域内で機能発揮する為には、S/LOが必要条件であるとしている。敢えてS/LOとしているのは、防空網に対ステルス機能が付加されてきており、多周波数帯の電磁波の制御が重要になってきているからである。

 

ウ「第3章:前線で戦闘空軍力(CAF)を発揮」

 この章では、A2ADの脅威によりヨーロッパと太平洋の両地域における前方展開態勢が脆弱であるという認識に立ち、如何に中露の侵略行為を打破できる圧倒的な戦力を戦域内で発揮するかについての基本的考え方を示している。両地域に所在する米軍基地は、緒戦における弾道ミサイルや巡航ミサイル、無人機による連続攻撃等に対する適切な防御手段を備えておらず、極めて脆弱であると指摘している。この脆弱性は、米国の前方展開態勢の信頼性を低下させるのみならず、同盟国に対する防衛やそれを保証する能力を低下させるもので戦略的にも重大な問題だとしている。域内の同盟国が抱く「見捨てられる」懸念の原因でもある。

 前方展開戦力の大部分を脅威圏外の遠方から再展開するやり方は、飽和攻撃からのリスクを回避できるものの、侵略を抑止し、打破することを困難にするのみならず、正に敵が望む反応であることから、より大胆な行動を誘引する隙を与えてしまうと指摘する。その為、敵の攻撃を受けても所要の戦闘力を発揮できる強靭な前方展開態勢を構築することが不可欠であり、基地を防御し戦力を分散できる能力の向上が重要であるとする。

 その上で、戦闘力を前方展開基地から脅威圏外の遠方の基地に再展開することによる作戦遂行上の負の影響を次のように指摘している。遠距離からの作戦は、距離が増えるにしたがって一日当たり作り出せるソーティ数が減少し、攻撃可能な目標数も減少、他の任務に振り分ける時間も減少する。そして何より一日当たりに必要な空中給油機の数が、幾何級数的に増加する見積もりとなる。本報告書では、この負の影響をグラフで表しているが、例示された見積もりは衝撃的な事実を示している。仮にオーストラリア北部の基地から約1600NMの距離にある南シナ海スプラトリー諸島周辺のある地点に、戦闘機1個編隊(4機)を連続的に戦闘哨戒(Combat Air Patrol: CAP)させようとした場合、米空軍が保有する全てのF-22、F-15及び空中給油機を投入しても不可能という見積もりである。つまりほぼ等距離にあるグアム島から尖閣周辺の1個CAPポイントに1個編隊すら連続的に投入できないということであり、その倍以上の距離にあるハワイ(約4100NM)からの航空戦力の投入が如何に困難かも暗示的に示している。

 このため、本報告書では前方展開態勢の強靭化、つまり攻撃を受けても粘り強く戦闘域内で戦力発揮できる態勢の構築が第一であるとしている。現在の前方展開態勢は、大規模で、集約化され、抗堪化されていない作戦基盤に依存しており、これを小規模で、積極防御と消極防御を組み合わせて強靭性を備える作戦基盤に転換することが求められるとして、今後の努力の方向性として次の6項目を提示している。①脅威の探知、警戒能力の向上(特に巡航ミサイルや無人機に対する)、②分散運用する能力の向上(実施要領の検討、機動力の確保、後方補給態勢の構築)、③戦域内の作戦基盤の増加、④基地の抗堪性の向上(シェルターの整備、多重化)、⑤飛行場の被害復旧能力の向上、⑥IAMD能力の向上(UASの活用、指向エネルギー兵器等)。他方で、このような前方の作戦基盤の脆弱性は以前から認識されていたものの、予算上の優先順位が低く、結局整備されてこなかったという事実も指摘されている。

 その上で、前方展開基地のIAMD能力の整備以上に、どの軍種が前方展開基地の整備や防御に責任を有するか明らかすることが重要であるとしている。つまりこの点に関しては米軍内でもコンセンサスが確立されていないことを意味する。弾道ミサイル防衛の責任を米陸軍が有することから、その延長で考えるのか、米空軍が基地防衛に関するフォース・ユーザーとして他軍種の支援を受けるのか、新たな統合作戦構想の検討と十分な予算措置が必要としている。

 この章のキーワードは、「Forward & Resilience(前方と強靭性)」である。特にA2AD脅威下にあっても前方展開地域内で強力な戦闘力を発揮し続ける為には強靭性が不可欠である。戦力保全の観点から緒戦の飽和攻撃に対して戦力を一旦脅威圏外に引くことが作戦的にも戦略的にも大きなマイナスであることを踏まえて、前方地域で基地等の強靭性を確保しつつ戦力発揮すべきことは、対中軍事戦略における実効性の観点から極めて重要なポイントである。

 

エ「第4章:現在と将来のUASの戦闘力増幅機能を最大活用」

 本章では、無人航空システム(Unmanned Aerial System: UAS)の利点の最大活用が、CAFの戦力規模のギャップを埋めると共にA2ADへの対応に有効であると主張している。予算の制約が厳しい状況下で、新たな調達プログラムへの予算を確保する為、古いとはいえ既存のプラットフォームを退役させることは只でさえ規模が小さいCAFはリスクを増やすことになる。UASの任務と役割と再考することが、グレーゾーンへの対応や前方展開態勢の強靭化に寄与できると主張している。非ステルスではあるが長時間滞空型のUASはより小型の消耗可能(Attritable)なUASと組み合わせることにより、探知、識別、追跡の機能を発揮しグレーゾーンの侵略行為を初期段階で暴露することが可能であり、「探知による抑止」というグレーゾーン対応で重要な役割を果たすことが出来る。本報告書では、既にポーランドに配備されているMQ-9がNATO東側地域のグレーゾーン事態抑止の為に効率的(既存のA/Cの25%の運用経費、90%の可動率)に機能していることが指摘されている。

 また、MQ-9クラスのUASにAESAレーダーやISR機能、指向エネルギー装置を搭載することにより、遠距離前方で長時間の捜索、探知、一部の要撃を実施できることから、飽和攻撃に対する外縁防御網を構築でき、結果的に前方展開態勢の強靭性向上に寄与できるとする。また、防空作戦時の哨戒任務やHVAAのエスコート(防御)任務が可能なUASやIRMx、RDRMx搭載により物理的な破壊力を持つUASなどは実現可能性があり、人員、予算、インフラへの負担は有人機に比べて少ないとその利点を強調している。

 更にUASの活用は人的損耗のリスクを減らしつつ戦闘能力の向上が図れるのみならず、有人機に比して費用対効果の高い消耗可能なUASを活用することで経費削減に繋がり、結果的にCAFの近代化に寄与できるとしている。現在開発中のバルキリーUAS(Valkyrie)の場合、搭載するセンサーや機能により若干変動するものの、100機調達を前提とし1機当たりの価格は2億~2.5憶、維持費用は有人機の10%、平時の訓練時間も少なくて済むとその利点を強調している。また、現在DARPAが主導する様々な可能性のあるUASプログラムを例示すると共に比較分析している。その上で、消耗可能なUASの作戦上の優位性として、滑走路や基地インフラへの依存が減り前方展開基地の脆弱性の低減に寄与できること、戦闘域での活動の継続性を向上出来ること、有人機との組み合わせにより作戦能力が向上出来ること等を挙げて、UASの活用に関する構想を5つ示している。

 最後に、UASの飛行時間当たりの経費(Operational Cost per Flying Hour: OCPFH)が低いことに触れた上で、当面はMQ-9と他のUASを活用した基地防御やマルチ・ドメイン指揮・統制(Multi Domain Command & Control: MDC2)支援の為の運用構想を作り上げること、中長期的には有人機と連携できる消耗可能なUASを調達することを推奨している。

 この章のキーワードは、「Attritable UAS(消耗可能なUAS)」である。UASの可能性を最大限に活かしつつ中露との本格的なハイエンドの紛争において、低価格で消耗可能なUASは彼のコスト強要戦術に対して有効なカウンターとなり得る。特に有人機との組み合わせを含めてUASの活用方法について様々なプログラムを推進すべきであるが鍵はネットワーク化である。

 

オ「第5章:他の将来的な戦闘力増幅機能を開発」

 この章では、戦闘能力増幅機能(Force Multiplier: FM)の開発を積極的に進めるべきことを強調しているが、AWACSやKC等のプラットフォームを念頭に置いた戦闘力増幅機能(FM)ではなく、より費用対効果が高く兵器やE/Gなどの単体の機能に焦点を当てた戦闘力増幅機能(FM)に言及している。これはプットフォーム主体の考え方から、個々の機能の統合的効果を目指す考え方への転換の表れである。背景的には、規模拡大や近代化等のように予算的に負担の大きな課題に取り組みつつ、戦闘力の最大発揮を可能とするためには、戦闘能力増幅機能(FM)が不可欠という問題認識があるものと考えられる。

 中露のIAMDの能力向上により目標到達率が低下することから、単にマスを増やすことでこの挑戦に対応するのではなく、現状では対応困難な速度とRCSコントロールにより生存性と決定力を向上させるべきであるとして極超音速兵器をFMとして優先順位を上げるよう提言している。他方で、極超音速兵器は高価であり数的な制約があるとして、多数目標を同時攻撃できる弾薬も追求すべきであるとしている。その中には、高出力電磁波を発出しレーダー等の機能低下させる巡航ミサイルなども取り上げている。また、現在のCAFの戦力組成が航続距離の比較的短い戦闘機に偏っている等、空中給油機能への依存度が高い現状を踏まえ、行動半径の延伸と任務の持続性を向上させる次世代の可変型E/GをFMとして取り上げている。

 更に過去にFMとして活躍したAWACSやJSTARSは、大型で数に限りがあり、地上における脆弱性が高くフットプリントが大きいことから生存性の向上が困難であるとしている。これに代わるものとして、プラットフォームではなくC2と通信、センサー等とパッケージとして組み合わせたシステムとしての先進戦域管理システム(Advanced Battle Management System: ABMS)をFMとして推進することで、統合戦力の有効性と強靭性を大きく増加させることが出来るとしている。

 この章のキーワードは、「Force Multipliers(戦力増幅機能)」である。この言葉は今までも使用されてきたが、その概念に当てはまる機能は空中給油機やAWACSなどでプラットフォームであったが、今回提示されたものは個々の機能や能力であり、全く異なるものである。本報告で取り上げられたFMは、超音速兵器、多目標攻撃機能付き弾薬、先進的可変型E/G、ABMS(先進的戦域管理機能)などであり、戦力増幅機能(FM)の概念が大きく変化してきている。

3 まとめ

  本稿は、CSBA報告書を通じて米空軍の将来動向を探ることを目的に、同報告書の概要並びに各章の要点、キーワード等を紹介してきた。予算削減の継続とテロとの戦いへの関与による高いオペレーション・テンポ、戦力規模の歴史的落ち込みといった米空軍の現状に対する危機感を踏まえ、中露のA2AD戦略の狙いの適正な理解と具体的な能力評価に基づいて、今後米空軍として優先すべき5つの項目が提言されていることを確認した。各提言の細部は前述のとおりであるが、いずれも中露とのハイエンドの戦いを抑止し、勝利する為には極めて重要な提言である。特に、中国のA2AD能力による挑戦に対して、前方展開態勢を強靭化しつつ戦域内で所要の空軍力を発揮し続ける意志を明確にしたこと並びにその為の方策に言及されていることは極めて重要である。また、5つの提言の内容も今後米空軍に如何に取り込まれていくかをフォローすべき重要なポイントである。

  その上で、空自に対するインプリケーションは次のようなものが考えられる。第一に、米空軍が、前方展開態勢を強靭化し、A2AD脅威下であっても戦域内で所要の空軍力を発揮することを重視している点である。中国のA2ADに最前線で向き合う我が国にとって西・南西地域の島嶼防衛は我が国防衛であるのみならず、米空軍の戦力発揮を担保する重要な前提条件となるということである。同地域内の自らの作戦基盤の強靭性を向上させるのみならず、日米共同の観点から米空軍の戦力発揮を支える前方展開態勢の構築並びに日米共同態勢の構築に主体的に取り組むべきである。その為には、西・南西地域における作戦基盤の拡大と後方補給態勢を含めた強靭化を統合的観点から着実に進める必要がある。もとより、南西域における過去の歴史や政治状況を踏まえると使用可能な官民飛行場等を増やすことは容易ではない。しかし、日米の対中航空作戦の鍵であることから、知恵を絞りつつ地道な努力を積み重ねる必要があろう。特に作戦基盤の強靭化に関しては、日米共に必要性を認識しつつも予算上の優先順位から置き去りにされてきた課題であることを念頭に、同じ轍を踏んではならない。第二に、米空軍が消耗可能なUASの多様な任務・シナリオでの活用を考えていることである。空自はようやくグローバル・ホークを運用する部隊の建設が始まった段階ではあるが、米空軍のUAS活用の動向を踏まえ消耗可能なUASの活用に関する検討を進化させるべきであろう。特に、作戦基盤の強靭化に消耗可能なUASを活用する考えは、西・南西域の作戦基盤が緒戦の巡航ミサイル、無人機等による飽和攻撃に対して極めて脆弱である現状から重要である。消耗可能なUASに多様なセンサーや兵器を搭載し、基地の遠方外縁に探知・防御網を構築すると共にインフラの抗堪性を高める消極的防御策の着実な実行、被害復旧能力の向上は急務と言える。またその際、米空軍が念頭に置く作戦域内の戦闘管理システム(Battle Management System: BMS)とJADGEとの連接を考慮する必要がある。

  本報告書は、米国の民間シンクタンクの報告であり、米空軍/国防省がこの通りの施策を採用するか否かは不明であるが、少なくとも軍事合理的に首肯できる内容であり、米空軍の他の関連資料等(米空軍態勢報告(USAF Posture Statement))からも概ねの方向性は共有されていると考える。本報告の提言がどのように米空軍の予算や防衛力整備に反映されるかを注意深くモニターすると共に我が国としてなすべきことは主体的かつ先行的に実施しなければならない。何故なら、我が国防衛のニーズと米国の対中軍事戦略のニーズが一致しているからである。特に西・南西域における作戦基盤の強靭性を向上させる努力を自ら行うことが米国の対中航空作戦を支援することにも寄与出来ることを念頭に置く必要がある。またその際「消耗可能なUAS」の活用による基地防空並びにBMSC2を支援しJADGEとの連接を支援するUASの開発等が極めて重要であると考える。

米CSBA報告書「鎖を締める:西太平洋における海洋圧力戦略の実行」について(令和元年9月:荒木淳一)

この記事は、航空自衛隊退職者団体「つばさ会」機関誌「つばさ」No.〇〇に寄稿したものです。


1 はじめに

      国防省のシンクタンクであるCSBA(戦略予算評価局)が、2019年3月、「鎖を締める:西太平洋における海洋圧力戦略の実行:“Tightening the Chain: Implementing a Strategy of Maritime Pressure in the Western Pacific”)」(以降、「MPS」と呼ぶ。)という報告書を発表した。対中融和姿勢が顕著であった前オバマ政権下で、様々な対中作戦構想等が検討されたものの、その議論は紆余曲折し、なかなか実効的な姿が見えてこなかった。本MPSの登場により、米国の対中軍事作戦構想を巡る混迷にようやく終止符が打たれ、対中戦略の進展に繋がると歓迎する意見もある。しかしながら、報告書自身が述べている通り、本戦略の実現の為には、所要の予算確保のみならず、「次のステップ」で提示された課題をクリアーしなければならない。すなわち、本報告書の構想を統合作戦構想へ発展させることや組織の見直し、所要の能力向上や新規装備品の開発・配備などが必要とされる。本報告書が示すアプローチは、次項以降で述べるように評価できる点が多々あるものの依然として課題・疑問も多数残っている。本稿では、上記報告書の概要を理解するため、その評価できる点と共に未だ不十分な点について明らかにすると共に、わが国の防衛戦略に対するインプリケーションを考察するものである。

 

2 本報告書の評価できる点について

    本報告書のアプローチは、以下の点で従前の対中軍事作戦構想より高く評価できると考える。まず第一に、最も評価できるのは、中国のA2/AD戦略の狙いや本質を十分理解したうえで作戦構想を構築している点である。これまでCSBAや米海軍大学を中心に議論されてきた数々の対中軍事作戦構想(Air Sea Battle、Off-shore Strategy、Deterrence by Denial、Joint Access and Maneuver to Global Commons: JAM-GC等)は、時の政権の対中融和政策の影響もあり、A2AD能力による挑戦に対する具体的な作戦構想というよりも一般的な概念に収斂してきた。つまり中国のA2AD戦略の狙いや本質(非対称的アプローチ)に対する個別具体的な対応が不明確であった。中国のA2AD戦略の狙いとは、中国が「核心的利益」とする台湾に対して既成事実化(すなわち台湾の占領、統一化)を図るまでの間、第三国、つまり米国の関与を阻止・拒否しようとするものである。更に、その為の手段とアプローチは、圧倒的に有利な米国の海空戦力と正面から戦うことは想定しておらず、非対称的な手段に軸足がある。まず、最新装備を備える米軍が大きく依存するサイバー・宇宙といった領域においてC2やISR機能を妨害する。そして、費用対効果が高く米国との間に能力ギャップを生じている中距離の弾道ミサイルや巡航ミサイル等によって、米海空戦力の戦域への接近阻止を図り、距離的に有利な第一列島線の内側での優位を確保し領域拒否を図ろうとしている。これに対して、本MPSは、その狙いと本質(非対称的アプローチ)を十分踏まえた上で、中国のA2AD環境下においても「a fait accompli」(既成事実)化を拒否するためのアプローチを提示している点が従前の構想とは大きく異なる点である。

    第二に、そのための作戦運用上の新たな概念として「Inside-Out Defense Concept」を提示していることである。これは、緒戦の飽和攻撃等の脅威にさらされる空軍、海軍の前方展開戦力に替わって、地上発射型の短・中距離ミサイルを装備した陸軍、海兵隊の部隊を第一列島線上に配備し、中国の既成事実化の動きに対してコストを強要することにより「拒否的抑止」を図ろうとするものである。特に、第一列島線に展開した「Inside Force」たる陸・海兵隊兵の部隊は、機動性と消極的防御策(隠ぺい、掩蔽、分散、抗坦化)を組み合わせることにより生存性を確保しつつ、戦闘を継続する。そして、戦力保全のため第二列島線まで退避している「Outside Force」たる海空戦力と連携してA2AD網を突破し、敵の重心を撃破することを企図している。

    第三に、INF全廃条約から離脱した機会を最大限活用していることである。INF全廃条約からの離脱の主たる理由はロシアの条約義務不履行である。しかし、同時にINF全廃条約の下で生起していた中国との短・中距離Mxの圧倒的な能力差(ストライク・ギャップ)も大きな懸念事項であった。条約離脱の機会を捉えて、SM-6、LRASM、SRBM、地上発射型トマホーク等により、米中間のギャップを埋めると共に敵に対するコストを強要し拒否的抑止の実効性を高めようとしている。

    第四に、本報告書は中国の狙いの達成を阻止する戦略的アプローチ(Deterrence by Denial)とそのための作戦運用概念(Inside-Out Defense)を示しつつ、これらの具体化を図る次なるステップも併せて提示していることである。つまり、戦略的アプローチと作戦運用概念を具体的に実行に移すための課題を明示しているのであり、意思決定者に対する説得力がある。

    最後に、CSBAの矜持ともいえるが、本報告書の提言を具体化のために必要となる費用の見積もりも提示している点である。それによると、2024年までに約1.2兆円~1.9兆円(約$8Billion~13Billion)の費用が必要と見積もられている。統合作戦概念への進化にかかる費用のみならず、組織編成の見直し、能力向上のための装備品の整備、同盟国との協力までの幅広く具体的な分野における費用の見積もりがなされている。政治が意思決定するために必要な情報が適切に提示されており、本報告書の信頼性を向上させていると言える。

 

3 本報告書の課題等について

    前項で述べた5つの点で本MPSは高く評価できるものの、次に示すような大きな課題も内在している。まず第一に、「名は体を現す」といわれるが、MPSは何を狙いとして行う作戦構想なのかその名前からだけでは全く理解できない。示されているアプローチと作戦概念は陸・海兵隊戦力の活用と海空戦力の連携による「クロス・ドメイン」作戦であり、MPSの名称はそれを的確に表現していない。対中作戦構想は、第一列島線上に位置する同盟国や友好国と十分に共有される相互補完する必要があり、名称は再考すべきである。

  第二に、過去の作戦構想等と同じく「戦略」と銘打っているものの、内容は中国のA2ADに対抗する「拒否的抑止」を主軸とした作戦構想であり、平時~グレーゾーン事態への対応や「拒否的抑止」が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーション・コントロールへの対応が欠けていることである。過去の構想は、政府の対中融和スタンスに配慮し、通常戦力であっても中国本土への攻撃を必要最小限にとどめようとして苦心した挙句、作戦の信頼性のみならず戦略としての妥当性に疑問を持たれる結果となった。トランプ政権の中国の位置づけは、各戦略文書で明らかであるように「大国間の競争相手」である。拒否的抑止が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーションのコントロールについても十分に検討されなければならない。2018年に示された「核態勢見直し(NPR)[i]」との整合も図る必要がある。更に、本MPSで言及されていない平時からグレーゾーン事態への対応についても、2019年に策定された「インド太平洋戦略[ii]」を踏まえた検討を加えることにより、中国に対する戦略の大枠が抜けなく整うと考える。

  第三に、前項とも関連するが、現在生じている米中間の所謂「ストライク・ギャップ」(中国の中距離弾道ミサイル、巡航ミサイル等における圧倒的優位な状況)への対応である。現状の米中間の「ストライク・ギャップ」は、冷戦期にソ連がSS-20を配備したことでNATOで問題となった米国の核の拡大抑止に対する信頼性の揺るがす「デカップリング」のリスクを孕んでいる。つまりギャップの存在によって、中国との本格的武力紛争、更には核戦争へのエスカレーションを米国が躊躇した場合、台湾占領等の既成事実化を認めるのではないかと言う懸念が生じる。特に台湾の位置づけを巡る米中の認識には大きな差がある。中国にとっては武力行使も辞さない「核心的利益」であり、「中華民族の偉大な復興」に欠かせない中台統一は国家としての夢である。他方、米国にとって台湾は、イデオロギーの戦いでもあった冷戦期には、「自由と民主主義」を掲げる西側の一部であり譲れない一線であった。しかし、「アメリカ第一主義」を掲げ、価値観や規範を重視しないトランプ政権が何処まで台湾防衛にコミットするかは疑問であり、それが現実になる前に「デカップリング」を解消するための手立てを早急に検討する必要がある。

  第四に、本MPSの柱である「Inside Force」の生存性が担保できるか否かに疑問が残ること並びに「Inside Force」と「Outside Force」のターゲッティングが如何に担保されるか不明な点である。本報告書では、機動分散型の対艦・対地ミサイルを装備した陸上部隊及び水陸両用部隊がCCD(Camouflage、Concealment、Deception)と機動性を駆使して生存を確保しつつ戦闘を継続すること、それによって彼の攻撃計画の見積もりに不確定要素を突きつけ拒否的抑止を機能させようとしている。しかし、第一列島線、特に南西域の島嶼部には十分な地積も無い上に、土地や施設の軍事的利用にネガティブな現実があることも念頭に置かなければならない。更に、第一列島線上の同盟国、友好国の警戒監視能力等には大きな差があり、A2AD環境下で適切なターゲッティングを担保する為の体制を如何に整えるかは作戦の成否を左右する鍵になるものと考えられる。

   最後に、中国のA2AD戦略の非対称性の一つであるサイバー領域並びに宇宙領域における米国のC2やISR能力を減殺する行動に対して如何に対応するかについて殆ど言及されていないことである。この点に関して米国は既に「第三の相殺戦略[iii]」として、A/I、無人機、レーザー等の科学技術力に立脚した優位性の確保を目指すとしている。しかし、その実現には未だ一定の時間を要すること、その効果について明確でないこと等から、西太平洋、東・南シナ海におけるC4ISR能力を担保するための具体的な方策の検討と実行が不可欠である。この点に関する踏み込みの甘さは、本報告の欠点の一つとして指摘されるべきであろう。

 

4 おわりに

  本MPSは、さらなる検討・改善すべき課題を多々含むものの、米国において迷走している観のあった対中軍事作戦構想の実効的な方向性を示したものであり評価できる。特に、中国のA2AD戦略が既成事実化を図るために第三国の介入を阻止しようとするものであることを踏まえた上で戦略を構築しようとしている点は極めて大きな進展である。他方で、本稿で指摘した課題等について検討を深めると共に、我が国をはじめとする第一列島線上の同盟国、友好国との連携をより緊密化しなければならない。我が国も30大綱において「多次元統合防衛力」を構築し、クロスドメインに戦いにより南西の島嶼防衛態勢を確立する為の努力を開始したところであるが、より一層米国との戦略や作戦構想の擦り合わせを具体的かつ緊密に実施してゆかなければならない。

  本MPSの我が国に対するインプリケーションは、次のようなものであると考える。①30大綱に示す「多次元統合防衛力」の構築による島嶼防衛態勢の確立という方向性は米国の作戦構想に寄与するものであり着実に進展させるべき、②新たな領域における取組を加速し我の脆弱点を防護し、彼の非対称的アプローチの効果を低減させるべき、③クロスドメインの戦いをより効果的にするための統合運用に資する施策を進展させるべき、④30大綱で新たに掲げた「持続性、強靭性の強化」のうち、特に強靭性強化策を迅速かつ強力に推進すべき、⑤拡大抑止に係る協議を進展させ必要な施策を実行すべき、等である。

    米国が安全保障上の軸足をアジア・太平洋に「リバランス」し、中国とあらゆる分野における競争を始めている中にあって、日本は対中戦略、作戦構想の最前線の同盟国である。冷戦期とは異なり、我が国は主体的かつ能動的に米国と戦略や作戦構想との整合を図り、実効的な共同作戦計画を構築していく責任を有するのである。いずれにせよ、日米並びに関係国が、中国による如何なる不法かつ一方的な現状変更や軍事力を使用した既成事実化を拒否する強固な意志と能力を構築していくことが、21世紀のインド太平洋における平和と安定に繋がる道である。

[i] 2018、NPR

[ii] 2019 Indo-Pacific Strategy

[iii] 2014年11月「国防革新イニシアティブ」

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