この記事は、荒木淳一が日米空軍友好協会(JAAGA)の機関誌「JAAGA便り」No.62に寄稿したものです。
1 はじめに
本稿は、米空軍の将来動向に関する第三回目であり最終回となる。第一回目、二回目では、米国の防衛計画、戦力設計、予算等に関する有力シンクタンクである戦略予算評価センター(Center for Strategic and Budgetary Assessments:CSBA)の報告書や米空軍の態勢報告等、米空軍の将来動向を探る上で参考になると考えられる文献等を紹介してきた。
中国が米国の対等の戦略的競争相手として台頭し、「地経学」的アプローチ/グレーゾーンにおける現状変更の試みを常態化させ、A2ADの脅威や宇宙・サイバーを使った非対称な挑戦が常態化している中、米国は国家安全保障戦略/国家防衛戦略を抜本的に見直した。対中スタンスは「関与」から「戦略的競争」へと大転換し、新たな戦略や作戦構想を模索する努力が続けられている。
その根底には、「米国の圧倒的軍事優位性が失われつつある」という強い危機感がある。米海兵隊は「フォースデザイン2030」に基づき機動基地前進作戦(Expeditionary Advanced Base Operations:EABO)に関するマニュアルを作成し、陸自との日米共同訓練での実際の演練を始めている。2020年12月には米海軍・米海兵隊・沿岸警備隊の連名で「海上における優位:統合された全領域海軍力による勝利(Advantage at Sea:Prevailing with Integrated All-Domain Naval Power)」という構想が発表される等、各軍種の新たな戦い方の模索は概ね収斂しつつあるように思われる。
その様な中で、前空軍参謀総長ゴールドフィン大将が提起した「統合全領域作戦(Joint All Domain Operation:JADO)」は、国防省内で各軍種の新たな作戦構想の基盤として位置付けられるとともに、米空軍内においてはこの構想に基づくドクトリンが策定されつつある。
本稿では、米空軍の新たなドクトリン創出の動きとその方向性を3つのドクトリン関連文書を通じて紹介したい。2つのドクトリン・ノート①「統合全領域作戦における米空軍の役割」(AFDN 1-20)②「迅速な戦闘展開」(AFDN 1-21)並びに米空軍の最も基本的なドクトリンである③「空軍(The Air Force)」(AFDP 1)における「任務指揮(Mission Command)」を重視する改正について取り上げることとする。これらは、日米共同作戦の実効性を向上させる観点からも極めて重要であり、中台危機への対応を含む日米共同作戦構想の検討や防衛力整備においても十分に考慮されるべきものであろう。
我が国においても戦略3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱/中期防衛力整備計画)の見直しが行われており、検討結果を受けて今後どのように米空軍の動向を施策に反映するか十分な検討が必要である。
また、本稿の執筆中に生起したロシアによるウクライナへの軍事侵略は先行きが見通せない厳しい状況が続いている。如何なる形で戦闘が終結するかに関わらず、今後、米国が欧州におけるロシア、インド太平洋における中国という二正面対応を迫られる可能性はより高くなった。
その際、同盟国の果たすべき役割に対する米国の期待は今まで以上に高くなっていることに留意が必要である。我が国の防衛力の強化のみならず日米同盟の実効性向上に向けたより一層の努力は待ったなしの状況である。米空軍の新たな作戦構想やそのドクトリンの動向を理解し、我が国の防衛力の強化、日米共同の実効性向上に反映させることは、今まで以上に重要になっていると言えよう。
本稿では、2つのドクトリン・ノート並びに基本ドクトリンの主要改正点について、それぞれの概要、特徴並びに空自に対する含意について述べた上で、最後に空自として取り組むべき課題や方向性に関する私見を述べてまとめとしたい。
2 「統合全領域作戦(JADO)における米空軍の役割」(AFDN 1-20)について
(1)概要
ドクトリン・ノートとは、新たなドクトリンを策定するために、確立されつつある概念に関して主要なポイント、定義等、議論の出発点となる枠組みを提供するものである。本ドクトリン・ノート(AFDN1-20)は、2018年の国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS2018)が米軍に要求する任務、すなわち戦略的競争相手とのハイエンドの戦いを抑止し、必要に応じて打ち破る(勝利する)ことを達成するために、前空軍参謀総長ゴールドフィン大将が2020年3月5日に策定したものである。
AFDN1-20では、JADOや統合全領域指揮・統制(Joint All Domain Command and Control:JADC2)等の鍵となる用語の定義、何故JADOが必要か、JADOとは如何なるものかについて記述するとともに、航空戦力運用の理論家であるボイド大佐のOODA(Observe、Orient、Decide、Act)ループによるJADC2の意義に関する理論的説明、更にはJADO実行の前提となる3つの作戦概念、「機敏な支援(Agile Support)」、「全領域の防護(All Domain Protection)」、「強靭な持続性と兵站(Resilient Sustainment and Logistics)」について記述されている。
(2)特徴
まず第一に、AFDN1-20はJADOにおいて敵に対する優位性を獲得する鍵を初めて明確化したことである。それはJADC2の実現であり、全領域のデータを適切に処理・融合・分配するとともに、権限に応じた適切なレベルでの判断・決心をより迅速に行うことによって、統合戦力をより迅速かつ効果的に発揮しようとするものである。常に相手に勝る速度で判断・命令・行動し、予測不可能な行動の多様さによって敵を困惑させ、対応不能状態にしてしまおうというものである。
これまで議論されてきた空海作戦(Air Sea Battle)、領域横断作戦(Cross Domain Operation:CDO)、国際公共財へのアクセス・マニューバー(Joint Access Maneuver - Global Commons:JAM-GC)等の作戦概念は、何をもって作戦の優位性を獲得するかが極めて曖昧であった。
第二に、他軍種の作戦構想が軍種指揮官の視点に基づくものであるのに対して、AFDN1-20は戦域の戦闘コマンド司令官、つまり統合軍指揮官の立場で書かれていることである。米空軍は「グローバルな警戒(Global Vigilance)」、「グローバルな到達(Global Reach)」、「グローバルな戦力発揮(Global Power)」の機能を担っており、あらゆる地域の作戦に主導的役割を果たす必要があること、統合戦力の火力発揮を調整し最大効果を得るためには、航空戦力運用にかかる指揮・統制機能が最も適していること等がその理由として考えられる。国防省においてJADO/JADC2が各軍種の戦い方を包括する構想として位置づけられたのは、このような航空戦力運用の考え方が統合運用に大きく寄与することが理由の一つと考えられる。
第三に、米空軍がJADC2を支える先進戦闘管理システム(Advanced Battle Management System:ABMS)の実現にAFDN1-20策定と並行して取り組んできたことである。ABMSは元々は老朽化したE-3AWACSやE-8Joint Starの後継機事業に替えてゴールドフィン大将が立ち上げたプロジェクトである。
戦域における目標情報の収集や融合、配分の機能を抗堪性を持つ網の目状のネットワークで行おうとするもので、プラットフォームからネットワークへの転換として注目を集めた。またABMSの開発に関するプロセスでは、従来の研究開発プロセスとは異なるアプローチが関心を集めている。
情報通信技術に優れたスタートアップ企業との協力や他軍種のウェポン・システムをアプリやソフトで連接し、キル・チェーンを完結する試みを現場実験(オンランプ実験)として各戦域の戦闘コマンドの演習として実施している。
他方でABMSは対象とする作戦のレベルや範囲が不明確であったことから、ケンドール空軍長官は着任直後からABMSに対して批判的であった。しかし、ABMSの運用要求やマイルストーンが明らかになるにつれて批判のトーンは下がっている。ケンドール長官が明示した空軍省として取り組むべき主要命題として、次世代制空戦闘機(Next Generation Air Dominance:NGAD)、地上配備型核抑止システム(Ground Based Strategic Deterrence:GBSD)等と並んで、ABMSも位置付けられている。加えて、米空軍には国防省内におけるJADO/JADC2を主導する役割も与えられている。
他軍種でもABMSと類似のプロジェクト、すなわち陸軍の「Project Convergence」、海軍の「Project Overmuch」が進められているが、最終的にはABMSと連接され、JADC2の一部として機能することが期待されている。
最後に、JADC2の追求は米空軍が抱える他の課題、すなわち近代化の遅れや戦力規模の縮小等に対する一定の解決策になっているという点である。JADC2によるJADOが実現すると、一軍種の特定のプラットフォームの火力に依存せず、様々な火力を目的、目標に応じて柔軟かつ適時適切に組み合わせることが理論上は可能となる。近代化の遅れたレガシーシステムも、ABMSを通じてネットワーク化されることによって、引き続き能力発揮が可能となる。
エッジの効いた最新機能を短期間で開発しABMSのネットワークに連接することによって、その機能の規模が小さくても全体としての優位性獲得に寄与できる。従来は、様々な機能を一つのプラットフォームに載せようとする際、システム全体としてのバランスを取るため個々の機能の能力を下げざるを得なかったり、バランスを取るための試行錯誤によって開発に長期間を要し、開発費が高騰することもあった。
しかし、個別の新たな機能をネットワーク化できれば、機能の最大発揮や開発期間の短縮も可能となる等、近代化の遅れの解消や開発・装備化の費用の低減により、レディネスに及ぼす影響も局限できると考えられる。
(3)空自に対する含意
ABMSプロジェクトは未だ運用要求を検討している段階であり、装備化、実運用化までには一定の時間が掛かると考えられる。しかし、米軍は既に各軍種間でのネットワーク連接のみならず同盟国等とのネットワーク連接、情報の共有も想定してプロジェクトを推進している。既に構想の段階から同盟国軍のABMSへの関与を求めており、ABMSプロジェクトの定期的な情報共有の場に同盟国が招聘されたり、各国軍との調整を実施する部署も空軍省内に設置されている。
またABMSに関する現場実験では、既に欧州の同盟国空軍のプラットフォームをネットワークに繋いで演習が実施されている等、同盟国との連接も想定内と見られる。
最新の通信技術やクラウドを使ったネットワークの構築、データの共有、融合、配分等にAIや機械学習(Machine Learning:ML)の技術を適用することにより、指揮・統制機能を迅速化、最適化するのが狙いである。
我が国も統合作戦構想を念頭に統合のC2系統の構築に速やかに着手すべきであり、その中核はJADGEをベースとする空自のC2系統であると考える。少なくとも統合運用の基本的C2が確立されていない限り、日米共同の場面において陸海空自衛隊のプラットフォームが個別に米軍のネットワークに加入することを求められてしまう。
我が国の統合C2を構成した上で米軍のネットワークと連接する場合でも、米軍ネットワーク内におけるデータの処理、融合、共有、配分等に関する考え方やAI処理の判断基準、アルゴリズム等について熟知した上でネットワークに加入しなければ、日米間の指揮統制権の独立が曖昧になる等、政治的に難しい問題を抱えることとなる。
3 「迅速な戦闘展開(Agile Combat Employment:ACE)」(AFDN1-21)
(1)概要
本ドクトリンノートは、2021年12月1日に現米空軍参謀総長ブラウン大将の署名によって発出されたものである。ACEという用語が何時から使われ始めたかは定かではない。しかし、中国のA2ADの脅威によって航空戦力発揮の前提である航空基地の脆弱性が明らかになるとともに、作戦運用、後方補給の大規模な拠点基地を構える現在の態勢では、航空作戦の遂行が困難と認識されてからであることは間違いない。
本AFDN1-21においては、ACEに関連する重要な用語の定義、事態の推移に応じたACEの実行要領、ACEを実現させるための2つの能力促進要因とACEを構成する5つの核となる能力、3つの重要な要素が示されている。
ACEの能力促進要因として、第一に「派遣可能で多機能なエアマン(Expeditionary and Multi-Capable Airmen)」、第二に「状況に合わせ構成される戦力パッケージ(Tailorable Force Package)」が挙げられている。脆弱な作戦運用基盤を分散しつつ、従来の大規模拠点における運用と同等量の戦力を提供するためには、敵の攻撃下においても分散された場所で様々な航空機をターンアラウンドし、必要なソーティ数を生み出さなければならない。
分散された場所に派遣し得る人員数には限りがあることから、必然的に一人の要員が様々な業務を実施できる多機能の専門性を有していなければならない。また特定の場所でしか特定の航空戦力を運用できないならば、数が少なく高価値のアセットを運用する場所がボトルネックとなり全体としての戦力発揮を左右する可能性がある。したがって、状況に応じて柔軟に航空戦力を組み合わせ、パッケージ化することがACEの重要な要素となる。
次に、ACEの5つの鍵となる機能として、①「態勢(Posture)」、②「指揮統制(Command &Control)」、③「展開と機動(Movement and Maneuver)」、④「防護(Protection)」、⑤「持続(Sustainment)」が示されている。
①「態勢」では、敵の威力圏内におけるリスクを低減し、戦域内及び戦域間の展開・機動を状況に応じて柔軟に実施するためには、レディネスの高い態勢が重要であるとしている。また、事態の進展に先んじて同盟国やパートナー国との調整を行うためにも、政府全体としてACEに取り組む必要があると指摘している。
②「指揮・統制(C2)」においては、先に述べたJADO/JADC2を前提として、ACE実行上のC2の要点を示している。作戦域内においてC2系統に対する攻撃や妨害を受けることは前提であり、被害を受け機能低下した状態でも作戦継続しなければならない。そのためには、適切な権限の委任と上級指揮官の意図の範囲内で臨機応変に任務を継続することがACEの鍵となる。
③「展開と機動」では、ACEを実行することによって能動的に敵の判断に働きかける、つまりACEの機動性、迅速性によって敵の攻撃計画を混乱させるなど、敵を出し抜いて優位性を維持しようとする主体的・能動的な意図が示されている。米空軍は世界規模で戦力を展開しているが、戦域内と各戦域間における迅速な戦力の展開や機動をよりダイナミックに実施することを前提としている。ACEを実行するに当たり、全て米軍の能力だけで自己完結することは考えておらず、民間力の活用によって輸送力の負担を軽減することも必要と考えている。
④「防護」は、航空基地がどこに所在していても、敵の攻撃を免れる「聖域」は存在しないというNDS2018の問題認識をベースにしている。そのため、積極防御と消極防御を適切に組み合わせた統合ミサイル防衛(IAMD)態勢の確立が戦力保全と戦力の最大発揮には不可欠であると強調している。現在の大規模な作戦拠点基地を中心にした防御計画や戦略はACEの分散運用に不適であり、分散運用を前提として統合戦力を展開させるとともに受け入れ国戦力との組み合わせも事前に計画しておくべきであるとしている。その際、情報機能、対情報機能、緊急事態管理機能、法執行機能等は、空軍単独で準備するのではなく統合の機能として準備するとともに、同盟国等の支援によって補完することも念頭に置くべきとしている。
⑤「持続」では、兵站システムや輸送システムを現在のプル型でジャスト・イン・タイムの効率性重視の兵站システム(現場のニーズに応え必要な時期に必要量を提供するもの)から、分散運用の最大効果を発揮することを重視したプッシュ型に転換すべきと述べている。敵の攻撃に晒される環境下においても戦力を展開し、防護し、持続するために、兵站インフラを大きく変革させ、戦時品と非戦時品を区別し優先順位を付けて配分する等の新たな取り組みが不可欠としている。特に広い戦域内において運用場所を増やす際、ACEによるソーティ数の確保に焦点が当たりがちであるが、作戦を持続するための後方補給、輸送のための細部計画の策定がより重要であると強調している。このことから、現地でサービス、補給、装備品等を確保するための新たな契約要領の策定などの重要性も指摘している。
5つの鍵となる要素以外に、ACEにとって重要な3つの事項として、①情報戦、②インテリジェンス、③火力、を挙げている。戦力の展開、機動のタイミングや場所、規模等にかかわる明示的な情報は、戦略的メッセージとして抑止や同盟国支援の保証として機能する。
また、能動的、受動的に関わらずACEの計画と実行においては、欺瞞的な情報の活用により敵の混乱や判断ミスを導くことができることも強調されている。同様にインテリジェンス、カウンター・インテリジェンスの活動もACEの実行に不可欠である。JADOとして全ての領域からの火力集中を実現するためにも、ACEの計画、実行の段階において、情報戦、インテリジェンス、火力の観点と任務指揮の活用が重要であると述べている。
(2)特徴
AFDN1-21で示されたACEの特徴の第一は、前方展開戦力をベースに戦域外の拠点から航空戦力を投入する従来の航空作戦構想を大きく変えたことである。対等の競争相手である中露とのハイエンドの戦いを想定していること、弾道ミサイルや巡航ミサイル等のA2ADの脅威によって、戦域内のみならず戦域外の作戦拠点の脆弱性が増したこと等が理由として考えられる。そのため、攻勢主体であった従来の発想から、攻防の両面を重視したバランスを重視する作戦構想となっている。
第二の特徴は、中国のA2ADの脅威に対する対応を検討する過程で、2010年代半ばごろから急速に発展した概念であるという点である。
ACEの起源は、米国の安全保障・国防戦略(NSS/NDS)が見直された以降、米太平洋空軍との意見交換の場で示されたたった一枚のコンセプト・ペーパー(概念図)であったと仄聞する。その後、ハブとなる航空基地を中心に複数の航空基地を含んだクラスターを構成し、その中で航空戦力を柔軟に運用するという概念に発展したとされる。
しかし、空自にとって特段目新しい構想では無かったはずである。何故なら、冷戦期に圧倒的戦力差のある旧ソ連空軍に対して防勢的な航空作戦で対抗しようとしていた空自にとって、作戦基盤である航空基地が攻撃を受けることは必然であった。
それを前提とした上で、隠ぺい、掩ぺい等によって作戦基盤の抗堪化を図ると共に、被害復旧を行いつつ複数の飛行場群で粘り強く作戦を継続するという構想を有していたからである。
しかし、法的制約によって民間飛行場の運用態勢を事前に整えることが困難であること、作戦基盤の抗堪化への予算措置が続かなかったこと等から、空自の構想は実現の目途が立たないまま現在に至っている。
これに対して、米空軍のACEは既に実際の訓練や演習を重ねており、インド太平洋地域のみならず欧州方面においても中露のA2AD脅威に対抗する作戦構想として急速に検証、議論が重ねられ、ドクトリン化される一歩手前まで進展してきている。
第三の特徴は、当然と言えば当然であるが、ACEはJADO/JADC2並びに次項で説明する「任務指揮」の考え方と整合されていることである。中露とのハイエンドの戦いにおいては、敵の攻撃を受け作戦基盤が機能不全に陥ったり、指揮統制系統(C2系統)が一部機能を失っても、作戦目的達成のために同調された作戦行動を継続しなければならない。また、ACEは、競争継続(Competition Continuum)という考え方に則り、平時からグレーゾーン、有事に至るまでのスパンでその活動や対応を捉えている。
(3)空自に対する含意
第一にACEは、米統合軍の航空戦力がA2ADの脅威下においても航空戦力の特性を最大限発揮し、ハイエンドの戦いを制するための前提となる作戦構想である。インド太平洋地域という海洋域においてACEを実行するためには様々な工夫と努力が必要であり、また同盟国やパートナー国への期待は大きい。
我が国周辺を含む地域内でACE実現のための環境を整えることは、わが国の南西諸島防衛の前提となる要時要域における航空優勢の獲得に寄与するのみならず、米国の対中作戦構想であるJADOの成否を左右する米国航空戦力を支援することにもつながることから、戦略的に大きな意義がある。
第二に、米空軍のACEと空自の飛行場群の運用構想は類似した概念であるが、その考え方や姿勢には違いがある。日米共同作戦の計画・実行に当たっては、その違いに留意することが重要である。
空自の飛行場群運用の構想は、敵の第一撃を受け一定の被害が生じる状況下でも粘り強く防空作戦を継続するための、受動的な構想である。これに対して米空軍のACEは、戦域への出入り、戦域内の機動などにおいて航空戦力の機動力や柔軟性、スピードを発揮して、敵の目標選定に関する判断を混乱させることを企図するなど、能動的な発想に立つ構想である。双方に共通するのは、「展開可能で多機能な能力を有するエアマン」の養成と維持がその構想実現の鍵であることである。既に、米空軍においては実動演習を通じて多機能な能力を付与するための訓練基準や実施要領の検討が具体化しており、米空軍のACEに対する取組みは空自を追い抜きつつある。JADC2を支える包括的な指揮・統制システムであるABMSが装備化されるまでの間においても、ACEを実現するための現実的な取り組みが進んでいる。インド太平洋地域におけるACE実現のために統合戦闘ネットワーク(Integrated Warfighting Network:IWN)を2022年夏を目途に立ち上げることが米空軍ニュースで報じられている。
また、空自の改善提案に相当する制度において、ACE実現に寄与できる技術や装備に関するアイデアを募った結果、持ち運び可能な太陽光発電の器材によって分散された運用場所において必要な電力と水を一定量確保できる提案が最優秀賞となり、その実装化が見込まれている。
第三に、このような米空軍の具体的な取り組みに対して、空自の飛行場群の運用構想は様々な制約を理由に具体化が遅々として進んでいない。飛行場群の整備が具体的に進まなくとも、今手に入る技術や装備品を使って如何に飛行場群の運用を可能にするかという発想に立って検討を進めることが重要である。
民間飛行場をそのまま運用することを前提に持ち運びできる後方補給資器材を整備するなど、できる努力を継続すべきである。ブラダー・タンクの増勢、搭載Mx等を運搬・保管可能なコンテナの整備、衛星通信を使って何処でもATOを受領できる機動型C2 系統の構築、持ち運び可能な自家発動発電機の増勢、その他飛行場運用に不可欠な資器材のワンパッケージ化等、構想実現のために具体的に検討し実現に向けて予算措置すべき事項は多々ある。
また、装備品の取得だけでなく操縦者、整備員、後方補給員を始めとして分散地での運用能力を身に付けるために必要な訓練実施基準の策定や練成訓練の計画、実行も重要である。滑走路被害状況下での運用に不可欠な短距離離着陸訓練を実際に演練したり、離陸後ただちに空中給油を受けて長時間戦闘する訓練を行う等、日頃からの訓練・演習で実施し、経験を積むべき事項は多い。
必要であれば運用規則等の見直し、例外規定の設定なども必要であろう。中長期的には、ACEを実現するための鍵として挙げられている持続性(Sustainment)を担保するために、戦術空輸能力の大幅な強化(C-130/CH-47の増勢等)にも取り組むべきであろう。多機能の能力を付与する整備員や特技員の教育・訓練等を含めた要員養成計画の策定、実施など空自全体での組織的な取り組みが不可欠なものも多い。着手しなければ、状況は変わらないことを肝に銘ずべきである。
4 基本ドクトリン(AFDP1)の改正(作戦指揮(Mission Command)関連)
(1)概要
AFDP1「空軍(The Air Force)」(10 March 2021)は、米空軍のドクトリン体系の最上位に位置づけられるドクトリン文書である。空自の教範体系における「指揮・運用綱要」に相当するものと言うことができるであろう。
AFDP1には、次に述べるような本質的かつ普遍的内容がまとめられている。①何故戦うのか(戦争とは何か)、②我々は何者か(エアマンとはどういう特性を有する者なのか)、③我々は何を使うのか(エアパワーとは何か)、④どのように発揮するのか(航空戦力の本領)、である。
①においては、1)戦争の特質、2)レベル、3)競争継続の中での航空戦力、4)国家防衛戦略と目標、が示されている。②においては、米空軍のエアマンの核となる3つの価値観(Core Values:Integrity first, Service before self, Excellence in all we do)が示されている。③では、航空戦力の概観、基盤、エアマンが信じる航空戦力の見方、が記述してある。④においては、航空戦力をどう運用するかを示すために、7つの本領が示されている。そのうちの一つが「任務指揮(Mission Command)」である。AFDP1が2021年に改正された際、最も注目を集めたのがこの「任務指揮」であった。
(2)特徴
AFDP1の特徴の第一は、NDS2018に示された新しい考え方が盛り込まれている点である。NDS2018で示された「競争継続」(Competition Continuum)という考え方を受け、統合ドクトリン・ノート(JDN1-19)[5]が策定されている。その中で、協力(Cooperation)、武力紛争以下の競争(Competition below armed conflict)、武力紛争(Armed Conflict)という戦争の全ての段階における航空戦力の使い方が明示されている。
第二に、米空軍を明確に統合軍のための軍種であると位置づけるとともに、統合軍指揮官の目標達成にJADOを通じて寄与することが明示されていることである。我が国においても統合運用の重要性は認識され、統合運用の体制は段階的に整備されてきている。しかし、陸海空の教範やドクトリン関連文書においてここまで徹底して統合運用の考え方が示されているものはまだ存在していない。
更にAFDN1-20で提示されたJADOの考え方がそのまま基本ドクトリン(AFDP1)に反映されている点である。このことは、関連ドクトリンの整合が図られている事実を示すのみならず、米空軍としてJADOにコミットする強い意志が感じられる。
第三に、航空戦力の本領の一番目に「任務指揮」が挙げられていることである。以前のAFDP1で示されていた「一元的指揮・多元的実行(Centralized Control Decentralized Execution)」は「任務指揮」の実行を説明する項目の中に、「一元的指揮、分散された統制、多元的実行(Centralized Command, Distributed Control, and Decentralized Execution)」として再定義されている。
2021年3月のAFDP1改正で一番目に付く変化が「任務指揮」の強調であった。NDS2018で求められる対等の戦略的競争相手とのハイエンドの戦いにおいて勝利するため、JADOの実行に不可欠な本領として示されたものと考えられる。長らく従事してきたテロとの戦いとは異なり、対等の競争相手によって我のC2系統が狙われ損害を受けることが前提となる。
航空戦力を最大発揮するためには指揮官の意図が徹底され、C2が一部機能喪失した状況下にあっても委任された権限に基づき現場の柔軟な判断によって作戦を効果的に継続する必要があり、「任務指揮」の考え方を強調したものと考えられる。C2ネットワークを網の目状に構成したり、常時接続を前提とせず必要な時に接続、離脱を自由にできるネットワークの確立や、AIやMLを使った情報処理網を検討している。
(3)空自に対する含意
本稿で紹介した米空軍の取組み、すなわち新たな戦い方を最上位のドクトリン文書に速やかに反映させ、他の関連文書とも整合させるプロセスは、空自も大いに参考にすべきである。空自もドクトリン関連文書の整備を進めてきているところではあるが、教範の体系との整理を含めて課題は多く、タイムリーな修正・変更ができていないのが実情である。
昭和47年に制定された「指揮・運用綱要」は、空自の指揮・運用に関わる本質的・普遍的事項が格調高く表現されている。しかし、統合運用の進展、平時における国際平和協力活動等の常態化、ミサイル防衛体制の構築、任務の常態化、グレーゾーン事態に対する常続的警戒・監視の重要性の向上、更には宇宙・サイバー領域の作戦領域化への対応等々、制定後約50年にわたる我が国防衛のあり方に関わる大きな変化が反映されていない。
勿論、今でも通用する普遍的かつ重要な考え方も含まれているので、残すべきもの変えるべきものをしっかりと見極めた上で再整理すべきであろう。その際、教範としての位置づけに拘泥することなく、空自で新たに整備しつつあるドクトリン関連文書への取り込みや他の教範へ分散させた書き込みなど、我が国特有の政治的制約を過度に受け過ぎず、航空戦力の本来あるべき運用の在り方(戦略的、攻勢的活用等)に関わる議論の触媒となるものにする着意が必要である。
現在の教範体系の中で許容される議論だけに限定されてしまうと、航空戦力を扱う軍事組織の一員、軍事専門家として不可欠な姿勢や考え方、指揮運用綱要に「百時防衛行動を基準」として示された作戦運用を第一義とした軍事合理的な発想・、考え方が廃れてしまうリスクを内包していることを忘れてはならない。
「任務指揮」という考え方そのものは、作戦の推移が速く他自衛隊に比べてより柔軟な「統制」という考え方を採用する空自にとって馴染みやすい概念である。しかし、その考え方を現在の運用の基本である統合運用に反映させることについても考えるべきである。
既存のBMD網を突破する新たなMx脅威への対応やドローン等によるスウォーム攻撃への対応、更には拒否的抑止力として保有する反撃力の運用(ターゲティング、指揮・命令、実行)を含めた統合ミサイル防空システム(IAMD)を確立し実効的に運用するためには、被害状況下においても柔軟に「任務指揮」できる態勢をわが国においても整えておくべきであろう。
5 おわりに
本稿では、米空軍の動向を探る上で重要な手掛かりとなる米空軍の最近のドクトリン関連文書の概要や特徴、空自に対する含意について述べてきた。改めて、取り上げたAFDN1-20、AFDN1-21、AFDP1について確認する過程で、これらが既に一つのドクトリンとして纏め上げられ、「JADOにおける空軍省の役割(The Department of Air Force Role in Joint All Domain Operation)」(AFDP3-99 SDP3-99)[6]という米空軍並びに米宇宙軍のドクトリン文書として発出されている事実を確認した。
一読したところAFDN1-20、AFDN1-21の考え方はほぼそのまま取り込まれている。「任務指揮」に関しては、JADOの指揮統制(Command &Control)の項目の「計画(Planning)」、「実行(Execution)」、「評価(Assessment)」の中に適切な権限委任を行うべきこととしてしっかり反映されている。今後、更なる内容の精査が必要であるが、その要点と方向性は本稿で紹介したものと大きな違いはない。
国家防衛戦略の転換を受けて新たな戦い方を模索し、その成果を僅か4年でドクトリンに昇華させた米空軍の組織としての知的能力の高さには何時ものことながら驚かされる。今後はドクトリンに基づき装備体系、戦力組成、教育・訓練が整合されていくわけであるが、運用主導の発想、実行力が良く現れている。我が国においては、安全保障・防衛に関する独特の政策的制約や縛りが依然として残るのは事実であり、米軍のやり方が必ずしも空自に全て適合するわけではない。
しかし、現在、厳しい安全保障環境の下で共通の脅威に直面している状況で、航空戦力を運用する軍事専門家である我々が少なくとも課題に対する姿勢や取り組みで米空軍に後れを取ってはなるまい。以下に、一連のドクトリン文書に関わる動きから筆者が捉えた空自の課題や取り組みに関する私見を述べて、本稿を締めくくりたい。
まず第一に、米空軍のJADO/JADC2に対する取り組みは、ABMSの実装化を含めて実現に時間が掛かるものがある。しかし、今後も着実に進展し同盟国との共同作戦に関するベースとなることは間違いない。
JADO/JADC2実現の鍵は、作戦運用に関わるデジタル・データを共有、融合、配分するC2ネットワークである。陸海空のアセットが個々にネットワーク化されるのではなく、一体化された形で米のC2ネットワークと連接するためにも、我が国における統合C2系統の確立、陸海空アセット間のネットワーク化を最優先すべきであろう。
その際、既存のプラットフォームと新たなプラットフォームがソフトやアプリを使って自由に接続、離脱ができたり、民間のクラウドやネットワークも活用するなど、従来の発想に捉われない取り組みが重要である。
第二に、日米共同によるACEの実現は、南西諸島防衛作戦に不可欠であるのみならず、米国航空戦力を戦域内に引き入れ、戦域外に離脱させないための鍵であり、戦略的な意義を有する。
従って、米空軍のACEを十分に理解した上で、柔軟な発想を参考に、長年積み上げてきた空自の飛行場群の運用構想を更新すべきである。その際、法的な制約や予算上の観点から思考停止に陥ることなく、必要となるツール、アセットを具体的に検討し、準備を進めることが重要である。
既存の民間飛行場の使用を前提とした訓練を実施するための環境を整えるとともに、多機能で多様な能力を有する要員の養成・維持に関する具体的な養成基準、計画を策定し、速やかに実行に移すべきであろう。
最後に、新たな戦略をベースに新たな作戦構想を作り上げ、それをドクトリン化するとともに必要な装備品等を整備し、所要の訓練を行うという米空軍の運用構想主導のプロセスを参考とすべきである。
我が国と米国では条件が異なるものの、常に国家防衛戦略は如何にあるべきか、そこに示された目標を達成するために如何なる作戦を実施すべきか、そのために必要な装備品は何か、如何なる人材を育成・維持すべきか等を検討し、実行可能な選択肢を常に準備しておくことは軍事専門家の責務であり、存在意義でもある。
「指揮・運用綱要」の見直しやドクトリン関連文書と教範体系との関係整理なども、速やかに進められるべきであろう。そのような地道な活動によってのみ、予測困難な国際情勢の中で我が国防衛を全うするための政策策定に寄与し、最終的に我が国防衛の責務を果たし得るのである。