2011年、当時空幕装備部長の職にあった福江広明が一般誌に投稿した記事のタタキ台を、10年ぶりに掲載してみました。
当時添付した図、表、写真等を見つけることはできませんでしたが、当時から空自による品質管理のレベルが如何に高かったかを感じ取っていただけるのではないでしょうか。
1.航空自衛隊の品質管理の歩み
航空自衛隊(以下「空自」)が「品質管理」を重要視し始め、その定義及び方針等を初めて規則化したのは、昭和40年代半ばである。これに検討を加え、品質管理上の最上位規則として「航空自衛隊装備品等品質管理規則」を昭和51年に新たに制定し、その後度重なる改正を経て今日に至っている。
この規則の中で、品質管理は、「装備品等の各管理段階を通じ、装備品等の品質を効果的かつ経済的に維持するため、品質基準に基づき装備品等の品質及びその品質に直接関連する作業及び検査の状況を評価確認し、発見した不具合を是正するとともに、じ後における不具合の発生を予防するための対策を講ずる一連の業務」と意義づけられている。
こうした現行規則の制定経緯及び内容等からみて、空自は最先端技術を有する装備品等の導入及び航空安全の保持に伴い、品質管理に関して概念を確立し関連業務を充実させるとともに、そのノウハウを関連業務に従事する隊員(以下「隊員」)間で伝承し任務遂行に貢献してきている。
では、空自には品質管理に関して組織に定着化している特有の文化があるのだろうか。また、隊員が身につけ次世代に受け継がせようとする文化は何なのだろうか。
空自は創設から既に半世紀が経過する。当初は品質管理について米軍規格等に準ずる場合が多かったが、昭和50年代後半以降、防衛庁(防衛省の前身)の独自規格又は国際規格を使用する体制を整えてきた。この間、国内防衛産業の関連会社(以下「会社」)による品質管理に関する支援のおかげで装備品等の高い可動率を維持してきた。また、我が国安全保障環境の変化に伴い空自も国際貢献任務を果たす機会が増え、苛酷な状況下での品質管理活動が求められた。こうした中で隊員の品質管理意欲も高まりQCサークル活動の新たな展開も認められるようになった。
これらの事象から、空自は会社等の支援を得ながら、独自の品質文化を形成していると考える。また今後とも継続発展を遂げるための隊員意識も醸成している。
以下では、空自の品質文化の具体例として、①品質管理に関する空自内の教育訓練体制及び会社による支援の各体制とその連携②任務遂行に直結する品質管理活動等③品質文化を支える隊員の高い意欲を紹介する。最後に、今後空自が追究すべき品質文化を総括的に展望する。
なお、ここでは説明の一貫性という観点から、装備品については航空機を、隊員は航空機整備員、部隊は航空機(戦闘機)の配備基地(航空団)を対象に記述する。
2.官民一体による品質管理の体制
(1)空自組織内における教育訓練体制
隊員は、空自内の教育専門機関で行われる課程教育と現場の部隊で行われる実務訓練を両輪に育成されることになる。
まず、隊員は教育機関の初級課程を履修した後、部隊においてマンツーマン方式でOJTによる実務訓練を行い、装備品に係る理論と手順を理解する。部隊での一定期間の実務を経験した以降、各系統の作動原理や整備管理の内容を理解するために上級の課程に進み、課程修了後上級の実務訓練を受け整備に関する業務と指導を実施できる中核要員として成長する。
その後、部隊において実務経験を重ね、審査を得て装備品の合否を判定できる一般検査員に指定される。また、一部の隊員は品質検査員として特定部隊(整備隊)における品質管理を指導する立場になる。
一方、部隊(航空団)では、整備補給群本部の品質管理班が中心となり、整備実施部門(整備隊)と連携して、装備品及び各種作業の品質を確保している。この航空団の整備は、補給処等を通じて不具合対策の実施、装備品の改善活動、技術図書の維持改善等、広範多岐にわたる分野で会社の技術力に支えられている。
(2)会社による品質管理上の支援体制
空自は、航空防衛力を構成する装備品等の生産及び維持の多くを会社に委託しているため、会社の支援なくしては空自自体の品質文化を醸成することは難しい。会社の有する高度な技術力とその支援活動が、空自が保有する装備品等の高い可動率の維持と安全性の確保に寄与している。また、部隊から逐次提供される装備品等の各種情報に基づき、装備品の品質は日々向上している。
会社の支援体制について細部は以下のとおりである。部隊等への窓口であるサービス部と技術的な検討を行う設計部門により、会社は支援体制を確立している。その支援内容は、日々の技術的質問等への対応から、装備品の不具合対策及び改善措置に係る提案、部隊の整備作業や調査活動のバックアップ、整備マニュアル全般の維持改善に至るまで広範多岐にわたる。
また、装備品等の事故発生時には、会社技術員のすみやかな現地派遣により、事故や修復に係る助言を得ている。特に、航空機事故の場合には、関係航空機の飛行再開に向けた適正な措置を講ずるため、会社内に24時間の支援態勢が整備されている。
こうした会社の迅速かつ適確な対応姿勢は、部隊等の隊員のプロ意識にも感化作用しているようである。このことから、空自の品質文化は会社と一体となって形成されており、その醸成に会社の支援体制はなくてはならない存在であると言えるのではないだろうか。
3.品質管理による任務遂行への貢献
空自における品質管理の最大目的は、組織に付与された任務遂行に貢献することである。このことは、空自の品質文化にとって最も重要な事項であり、国家の主権保持及び国民の安全確保に直結するものだ。
以下、品質管理活動がいかに任務遂行に関わっているかの具体例を示す。
(1)平時の任務における品質管理活動
空自の航空機は飛行隊において管理され、使用される度毎に隊員が飛行前、飛行後等の各種点検を入念に繰り返し機体自体の品質を確認している。また、飛行隊では各々の航空機に機付長をつけて、航空機個々の整備状態を平素から把握させ、各機体の品質維持に努めている。
平時の重要任務である対領空侵犯措置に使用する航空機については、緊急発進に確実なものとするために、他の航空機に優先して所要の整備作業を行うとともに、品質管理上のさらにきめ細かい点検を実施する。
対領空侵犯措置に係る待機任務につく航空機の整備については、①暦日検査等の整備所要が当面発生しない航空機を選定②航空機の不具合発生時、迅速に予備機と入れ替える③期限付き技術指令書(TCTO)等が発簡された場合、予備機を最優先で点検し、健全な機体を準備、その後他のアラート機を点検といった留意点が挙げられる。
(2)国際貢献任務時における品質管理活動上の課題
平成の時代に入り国際貢献任務に自衛隊装備品等が指向されるケースが増えた。イラク特措法に基づく空自部隊のクウェート派遣はそのさきがけであったと言える。結果として5年の派遣期間中に一度の機体の損傷や隊員の死傷者を発生させることはなく、まさに任務の完遂であった。
しかし、派遣期間中は高温及び砂塵の苛酷な現地状況下で装備品等の品質管理は困難を極めた。派遣当初の段階では品質管理を担当する部署を欠いていたこと、現地との時差から装備品等の不具合修復に迅速性を欠いたこと等、課題山積の状態であった。
それでも現地の諸環境に隊員が慣れていく中で、①航空機の派遣前後作業(機体改修、飛行時間確保のための計画整備、機体及びエンジン洗浄等)②現地における整備手順(エンジン運転及び停止手順における放熱又は発熱の抑制、砂塵進入防止に留意した手順の規定等)を定めたほか、現地における特別な検査項目をTOとして制定する等、品質管理上の難題を解決した。
クウェート派遣における教訓と実績は、その後の国際貢献任務を果たす上で大いに役立つものとなっている。
4.品質管理意欲に基づく自発的活動
(1)部隊におけるQCサークルの活動等
ここでは、部隊のQCサークル活動の現況と同活動に日々勤しむ隊員のインタビュー結果を紹介する。これらから、QCサークル活動がいかに空自の品質文化の一翼を担っているかが理解してもらえると考える。
空自におけるQCサークル活動への取り組みは、昭和50年代後半から始められ、近年では日本科学技術連盟主催の全国大会で受賞するまで活動の成果を高めている。中でも第2航空団(北海道千歳市)は、空自におけるQCサークル活動の草分け的存在で、現在でも全国の部隊を牽引し続けている。
今年、先の大会に進んだ部隊は、第83航空隊(那覇市)であった。同部隊にとって初めての受賞となった。こうした実績からすると、空自のQCサークル活動が全国規模で浸透し始めているのは明らかである。
第2航空団でQCサークルを積極的に推進する隊員との意見交換でわかったことは以下のとおりである。①冷戦期の危機管理意識が部隊精強化を求める気概となり、これが品質管理の職人気質を生み伝承されている。②「指揮」「統御」といった自衛隊特有の概念と相俟って人材育成、職場活性化の促進している。③昨今では装備品等に対するQCのみならず、経理、厚生、警備等の整備補給部門以外の部署にも展開しつつある。
また、同航空団は長きにわたり指導を賜っているQCサークル北海道支部(日本科学技術連盟)の島村氏からは、「2空団の隊員をみる限りでは、QCサークルを適応する業務範囲の拡大に努める姿勢、より創造的な改善に毎年取り組むやる気、活動成果をTOに準拠した形で職場に生かす体質、そして何よりも既存のTOにしがみつかない体質、これらから独自の品質文化を持ち得ている」との評価は、隊員にとってQCサークル、ひいては空自の品質文化を発展させていく上で大いなる励みになるものである。
(2)新たな制度である「作業品質管理」体制の構築
作業品質管理とは、装備品等の整備業務においてヒューマンエラー(以下「エラー」)に起因するは事故等の発生を防止するため、ヒューマンファクター(以下「HF」)の考え方をとり入れた新たな品質管理活動である。
これは、教育機関の自主的な研究等をもとに体系化、制度化しつつある空自独自の文化とも言える。ただし、自主啓発を主体したQCサークル活動とは異なり、制度化を念頭に置いて中央と現場の関係部隊等と連携して体制を構築するものである。
そのきっかけとなったのは、1998年に。国交省が航空法施行規則等により整備士へのHFに関する教育、訓練を義務化することを資格要件と規定したのに対して、防衛省では当該規則等が適用除外となっているものの、空自としては安全施策として、これに対応していく必要があると判断したことにある。
現在、航空機等の作業品質管理体制の構築を先行的に推進している。今後は、航空機等以外の地上装備品等に関する同体制の整備についても段階的に施策化していくこととしている。
5.空自が目指すべき品質文化
前項までの具体例を通じて、空自の品質文化を形成する特徴的な事項を説明してきた。組織体制の観点では、先達がこれまで築き上げてきた効果的な教育訓練体制が基盤となり、会社の高度な知識と技術に基づく支援体制を不可欠であることと、隊員の観点では、品質管理の目的である任務遂行に対する意欲と不具合等に対する探究心及び創造力が旺盛であることである。
また、空自は航空大事故の発生件数が他国の空軍種に比して極めて少ないことからも、その品質文化の成熟度は比較的高いものと言えるのではないだろうか。
こうした現状を踏まえ、空自が今後さらなる高みを目指して独自の品質文化を繁栄させるためには次に掲げる3つの点が必要不可欠である。
まず1点目は、予算的及び人的な制約並びに新たな装備形態等に適応した品質管制度及び組織体制の見直しである。特に、将来においても防衛予算の縮減化の傾向が予測され、維持整備経費の高騰に対応していく中で、より効率的かつ経済的な品質管理が必要となる。また2項で説明した整備補給組織の体制見直しも必定であろう。
2点目は、有事におけて各種航空作戦を遂行するために、被害を受けた装備品等を応急的に可動させる品質管理要領等を確立する。3項で説明した国際貢献任務時の実績等をもとに、より過酷で危険度の高い環境下において装備品等の損傷部位を緊急処置し運用に供するための品質管理要領等を装備品毎に定めることが重要である。
3点目は、会社とはもとより他自衛隊及び米軍等との間においても、より組織的な品質管理活動が促進する。2項で説明したとおり会社については、装備品等の高性能化、現有装備品等の改修及び部品枯渇対策等と現在よりも広範多岐にわたり品質管理面での充実した支援が求めていくことになる。また自衛隊の統合運用及び日米共同等の視点からは、装備の共通化もあり品質管理の統一的活動を重視すべきである。
最後に、空自の品質文化に関わる事項を紹介したい。航空幕僚監部装備部(東京・市ヶ谷)では組織理念を定めている。その一つに「隊員個々の尊重と作戦体質の維持」を掲げている。事務運営上の指針として所属職員があまねく銘記すべき共通の価値観としたものだが、空自の品質文化が未来にわたり存続、発展し、空自の安全文化と融合しつつ空自組織全体に根ざしていくための不変の価値観であると確信している。