これは、奈良基地・幹部候補生学校からの依頼に基づき、「理想の指揮官像」という題目で指揮官教育の一環で対面講話(2018年8月20日)した際のレジメです。
あくまでも福江広明個人の体験等を踏まえた記述内容ですが、それぞれの立場で指揮官像を追い求める方々の役に立てばとの思いから、掲載しました。
今回は、レジメのみですが、年明け1月以降、数回に分けて口述文を掲載できればと考えています。
1 はじめに
(1)「理想の指揮官像」…『未だ現実には存在しないが、実現を目指す上での指揮統率の究極目標であり、指揮官の最上級形態。あらまほしき、あるべき部隊指揮官の実像を飽くなき追求するための原動力』
(2)理想の度合いは、自らの能動的行為によって段階的な高まりと共に変化。例えば、『憧』『敬意』から、知識・経験に基づく『自律心』『探究心』『研鑽力』
(3)理想に向かう一歩として、必要不可欠な“顔の見える”指揮官になるために何をなすべきか。そして、命令と服従が真価を発揮するための要件とは何か。
2 幹部候補生学校の生活から得た“道”
【ルール1】:先人の薫陶、教訓を真摯に貪欲に学ぶべき。この際、決して受身にならず、自らがそれら宝庫を探り当てようとする意識・行為が重要。 |
(1)定年後も持ち続ける幹部候補生学校作成の補備教育資料…「山の辺の道」
(2)記載内容は、いかなる時代にも色褪せず、指揮統率のエッセンスが凝縮。
(3)本冊子は、自らを律し、部下を服務させる上でのガイドライン的存在。
3 最初の指揮官職にて実践開始:第20高射隊長兼ねて八雲分屯基地司令
【【 【ルール2】:部下たる全ての隊員、加えて家族等に対して、指揮官としての性格、能力、態度、思考、気性等を知らしめる努力こそが健全な隊務運営の基礎。 |
(1)“顔の見える”指揮官になるための第1歩…練りに練った指導方針を明確に。
(2)部隊指揮官となるための活動(初動)…隊員、装備、施設の掌握。
(3)統率に繋がる活動(第2弾)…任務、プライベートを問わず諸事に関する自らの方針、考え方、所見を雑感として作成、閲覧。
4 理想の指揮官像となるための手法との出会い:航空幕僚監部防衛課研究班長
【 【ルール3】:与えられた職務・責務に基づく、基本理念、ビジョンを文書として製作することを自らに課す。あらゆる機会を活用して部下に語るべき。 |
(1)職務の一つとして「航空長期見積り」の策定を担任。基本理念、ビジョン、ビジョン実現のための具体的施策等から構成。
(2)「理念」は不変の価値観。「ビジョン」は、あらまほしき姿。「現場(力)」は、機能発揮の担い手。
(3)製作のみに終わらず、部下隊員への周知徹底を図ることが大事。
5 初の戦闘航空団勤務にてビジョンのモデル化挑戦:第6航空団基地業務群司令
【ルール4】:ビジョン等の作成については、着任後すみやかに(3か月基準)実施するとともに、前任者からの、及び後任者への継承が極めて重要。 |
(1)長期航空防衛戦略の策定に関わった経験と“顔の見える”という指揮官像との融合を試す。
(2)着任後、3か月の期間の中で3年後のあるべき姿の部隊運営を目指し「○○○○の将来展望」というタイトルで伺い文書を作成。
(3)全ての部下隊員にビジョンの徹底を図るには、相当な労力を要す。一方で年度計画に基づく日日及び週間の業務処置では目先の対応に陥りがち。
6 「部下を安んじせしめる」ための要件:第2航空団司令兼ねて千歳基地司令以降
【ルール5】:「一身上の快適性、一身上の安全性」について最大考慮すべき。指揮統率にあっては、部下が最大能力を発揮できるよう、衣食住にできる限り配慮するとともに、脅威に晒される中でも部下が身の安全を図れるよう熟慮することは、任務を全うする上で最も肝要。 |
(1)理想像を追及し続ける中で、自らの指揮統率のスタイルが少しずつ定着
(2)教範「指揮運用綱要」(第1章指揮の第1項「指揮官の権限・責任」の解説の解明に拘り続け15年以上。
①本文:『…指揮官は、任務を最も積極的、かつ、効果的に遂行するとともに、常に部下を訓練し、装備、施設等を良好に管理し、かつ、部下の安全と福祉を図り、もって精強な部隊を育成することが必要である。』
②解説:『指揮官が唯一の責任者であるからこそ、部下は安んじてその指揮に服し任務に専心し、…指揮官は自己の意図に基づいて指揮できるのであり、ここに指揮の尊厳性がある。』
(3)自らの結論:「部下部隊にとって、厳しい任務遂行環境であればあるほど、衣服、食事、宿舎、衛生を蔑ろにしてはならず、また部下の安全確保に最大留意し、彼らは勝利に導き、母基地に生還させること」
(4)自らの結論を導いたのは、先人(前大戦の生存者)による書き下ろし著書や談話・講話によること大。それを裏付けたのが自らの部隊経験(東日本大震災対応、北朝鮮の弾道ミサイル対処事案等)
7 「山の辺の道」の影響を受け「安全」に対する自らの考えを集大成
【 【ルール6】:人はすべからく、常に順風満帆な人生や勤務ばかりではない。人の“痛み”は自らの強烈な“痛み”を経験することでわかる。指揮官は常に危機管理意識を抱きつつ、決して心を折ることなく難事の打開策に当たるべき。 |
(1)「飛行と安全」の存在、昭和31年の創刊以来62年が経過。そこには、幾多の先輩の指導・教訓、並びに指揮の要諦が記載。
(2)「飛行と安全」の巻頭言を、現役時代に「安全意識の根底」という表題で計3回シリーズとして寄稿。
(3)「安全意識の根底」(2009年3月号・第2航空団司令)
①生命は尊くも、儚きもの②事故発生の見極めに躊躇せず③平素から態勢及び装備に万全を期す④状況の変化に最適対処を繰り返す⑤最後に
(4)「続・安全意識の根底」(2013年6月号・西部航空方面隊司令官)
①安全意識の更なる定着化に向けて②試練、再び③既定のマニュアルに依存しない改善の意欲④安全の意識高揚は現場から⑤安全は組織の理念、その万全は使命
(5)「続々・安全意識の根底」(2016年4月号・航空総隊司令官)
①指揮統率上、安全に募る思い②身命を賭す覚悟③先人に学ぶ④部下が安んじて服するが指揮⑤指揮の集大成を迎えて
8 洗練された訓示等は、士気の高揚に直結
【ルール7】:訓示は、部隊等の叱咤激励を指揮官が実施する上で、極めて有効な手段。積極的に活用すべき。ただし、至短時間、簡明な内容にしてインパクトがあるものでなければならない。 |
(1)訓示、講話、挨拶等、部内外において自らの意を表する機会は、求めて得るべき。その際、自ら案出し脱稿するのが原則。自らの言葉で語りかけるべき。
(2)最終補職であった航空総隊司令官時代には、部下への発信手段を充実。従来の司令官雑感、年頭の辞、半ばの辞に加え、総隊が関わる主要事業に関するメッセージを作成、部隊回覧。
(3)BMD統合部隊指揮官としての訓示は、関係部隊全てが緊迫、緊張を強いられた中で任務完遂を強く意識して実施した最も記憶に残るもの。
9 結びに
【ルール8】:指揮官は、部下部隊の評価を素直に受け止め、理想との格差分を埋めるフィードバックをかけ、さらなる高みへ駆けあがることが大切。 |
(1)理想の指揮官とは、「はじめに」で定義したとおりで、常に理想像を追い求める姿勢が必要であり、夢想や妄想ではなく現実を見据え、ひたすら部下部隊の事を考え抜くことが重要。
(2)自らが段階的に高き理想を掲げ、知識・経験を積極的にインプットし、自らが練り上げた成果を、自信をもって部下・部隊等にアウトプットすべき。
(3)理想の指揮官像を追求する心構えと姿勢は、定年後の人生を大きく左右するものである。現役時代は意外と短く、鍛錬の機会は多くはない。
(4)恩師の言葉…『戦機一瞬 常備不断』
以上