指揮官教育の伝承その2
「指揮官教育の伝承その1の続き」
1 目的
昭和、平成の時代において伝承されてきた指揮官のあるべき姿に触れることにより、令和の時代において複雑多岐な安全保障環境の中で活躍する現役指揮官の自己啓発に寄与する。
特に、令和4年2月ロシアによるウクライナ侵攻に伴う各種情勢がメディアを通じて伝えられる中で、ほぼ報道されない両軍将兵の多大な犠牲の下で遂行されている指揮・統率を推し測り、あらためて自らが今なすべき指揮・統率の在り方について問い、考え抜く一助とする。
2 記載事項
参考資料から任意に抽出した指揮に関する題材(論題)を記載した上で、平成の時代に指揮官を務めたOBの一人として、その内容に関連するコメントを付言する。
3 参考資料
平成元年航空幕僚監部教育課が、指揮官教育の充実施策の一環として編集した「言い残すべきこと」(ー若き指揮官達のためにー)
4 本資料の編集趣旨(以下は、開示資料表現のママ記載)
(1)資料の内容は、執筆者である各級部隊長が、これまで指揮官、幕僚等としての職責を真摯に果たされてきた成果の集大成である。
(2)指揮官としての追求すべき究極の目標は、時代の変化にかかわらず不変であるとの認識から、努めて実践に即したこれら先人の体験、意見を通じて、被教育者に自己啓発の資となるよう活用していただきたい。
(3)これら趣旨を十分に理解の上、本教育資料の十二分な活用により、真に実のある教育を実施され、航空自衛隊の輝かしき将来を担うに足る指揮官を育成されんことを願って止まない。
5 企画の背景
(1)私自身が、この指揮官教育資料を眼にしたのは平成6年初めての空幕勤務の時である。当時は指揮幕僚課程を卒業して間もないことと、日々防衛力整備事業にかかる業務の専従であったため、部隊指揮官に強い憧れ(小隊長の経験は無し)を抱いていた時代でもある。
(2)空幕3年間の勤務を経て、初めての部隊指揮官(高射隊長)として現場部隊に赴任する前に、この資料を大いに活用したことを思い出し、行政文書開示請求を令和元年11月を行い、各種手続きを経て今月入手した次第である。
(3)この資料は「作り人」知らずではあるが、まさに現場指揮を執った先人の実感が伝わる内容であり、必ず現役の若き指揮官・幕僚に有用であると確信する。
6 今後の予定
この資料は、3部約80編が集約されている。この中から、私自身が共感、共鳴できる指揮統率上の体験を付言できる題材を抽出して、月1編を基準に継続掲載できればと考える。
先人の知恵と経験(その13の1):「服務 安全 (隊員指導の参考)(第1分冊38~39)
Ⅰ 「昭和」からのメッセージ
1989年空幕が指揮官教育の充実施策の一環として編集した参考資料「言い残すべきこと」(ー若き指揮官達のためにー)の中から、任意に抽出した指揮に関する題材(論題)の一つを記載。
このたびの先人は、「1 統率方針」「2 隊務遂行に対する基本的な考え方」「3 安全に対する基本的な考え方」「4 隊員指導の参考」の4項目について記述されている。
このうち、4項は37の細かな指導項目からなっている。頁数も30頁にもわたることから、ここでは1から3項目について、先人の論述と私のコメントを付すことにし、次回以降、37の細部指導項目を少しずつ掲載すると同時にコメントすることで、とりわけ若き自衛隊員の皆さんによる隊務運営の参考にしていただければ幸いである。
まずは、いつもように、先人の記述から。
服 務 と 安 全 ( 隊 員 指 導 の 参 考 )
1 統率方針
(1)やる時はやる、休む時は休む
精強な部隊育成のためには、メリノリをつけた、緩急自在の術が必要である。緊張の連続ではかえって逆効果となる。
(2) 愛情を持って部下を指導する
特に、指揮官は部下に接する時、若い隊員には「おやじの気持」で、中堅の隊員には「兄貴のつもり」で、親身になって、わが子に接するように指導する必要がある。強制力のみの押付け的教育は反感を生むのみである。
2 隊務遂行に対する基本的な考え方
(1)周到な準備
特に、指揮官は個人ー人ー人をよく掌握し、個人管理、部隊管理に努める必要がある。行き当りばったり的な仕事はダメである。
隊員の能力や性格まで掌握し、周到な準備をすることが必要である。
(2) 基本動作の徹底(基本に忠実)
部隊として、任務完遂のために成功を期しつつ、熱心に積極的に基本動作に徹することが肝要である。
誰でもいきなりスーパーマンにはなれない。基本の積み上げが重要で、応用は基本を積み上げて行って、はじめてできるものである。
その際、なぜ基本に忠実でなければいけないのか、と言うことまでよく理解する必要がある。
(3)確認してフィードバック
やらせっばなしでなく、よく見て、よく確認し、いかに効果があったかを反省し、フィードバックする必要がある。これをサイクル化すれば、おのずから精強な部隊は育成できる。
3 安全に対する基本的な考え方
(1)安全とは危険があるから存在する
危険がUsualで、安全がUnusual!
故に常に危険を察知し、具体的不安全要素の抽出とそれに対する処置が大事である。
(2)Usualな危険が存在するからと言って、任務を遂行しないわけにはいかない。
有事に「勝つ」部隊すなわち精強な部隊を育てなくてはいけない。その中でUnusualな安全を確保するには、部隊の精強化を目指し周到に訓練を行うことこそ早道である。
部隊の精強化と安全確保は表裏ー体!
(3)部隊の精強化の足を引っばる航空事故
ア 戦う前に戦力を失うは、戦いに勝つを目的にする精強な部隊ではな い。→重要な戦力の喪失
ィ 社会的影響大→訓練環境の制約→訓練効率の低下→練度の低下
ウ 士気の低下←→規律の低下→事故が事故を呼ぶ(再発防止の重要性)
(4)部隊の士気を低下させる地上事故
ア 積み上げた栄光は、一人のちょっとした不注意で簡単に崩せるが、そ れを築き上げるには、何十倍、何百倍もの努力と年月が必要である。不断の僅かの心配りと努力で、事故は未然に防げるものであり、栄光は維持・継続できるものである。
イ 事故は部隊の士気を低下させるのみでなく、幸せな家庭をも崩壊す る。
(5)「事故は起こさなくてすむ」と言う信念と実行力が肝要。
4 隊員指導の参考
*次回以降に掲載*
Ⅱ 「平成」からのコメント等:
ここではⅠ項の大項目及びその内容を受けて、私(福江)が現役時代に思考及び実行した体験を基に、コメントしたもの。令和の現代にあって、指揮統率における不変の部分、そして変化すべき部分があるはずである。令和の時代で服務する皆さんの参考になれば幸いである。以下の文中、「先人」とあるのは、Ⅰ項の論者を指している。
1 「統率」について
『統率とは、統御と指揮よりなる。集団内の各個人に、全能力を発揮して指揮されようとする気持ちをおこさせる心理工作が統率であり、このエネルギーを総合して、集団全体の目的に集中指向し、促進して、能率的に活用する技術が指揮である。』
この文章は、私が初級幹部の頃から指揮の課題などで時よりひも解いていた図書「統率ー古典と兵法に学ぶリーダーシップー(大橋武夫著)」にある一文。もう一冊、今も手元に残る「統率の原理と心術(勝部眞長著)」もそうであるが、統率の解説には戦国時代の兵法、米軍のリーダーシップ教範、旧軍の統帥綱領等などが引用されている。
当時から半世紀近くが経ち、科学技術の進展や脅威の変化等により作戦様相はまさに様変わりし、それに伴い装備・システムはIT、AIが導入され省人化・無人化の一途である。
こうした近代兵器の著しい進展にもかかわらず、ロシアのウクライナ侵攻に関する報道でも、指揮・統制・管理といった人の資質にかかる問題が頻繁に取りざたされることをかんがみると、やはり現代・近未来戦にあっても「統率」の重要性は不変であることがよく理解できる。
ちなみに、先の大橋武夫著「統率」のむすびの見出しは、「最高の統率は無為自然」。その中に次の一文がある。初級幹部の時代から強く意識しておきたい指揮官としての本来あるべき姿である。
『無為自然と無策無気力とは違う。鞍上人なく鞍下馬なし、はその前に、鞍上人あり鞍下馬あり、の人間臭い境地をくぐりぬけておらなければならない。各々自己を主張し、自我を発揮し、自由に振舞っての有為有策の激しいディスカッションの積み重ねの結果到達した、静かな協和の姿が無為自然である。』
2 「安全」について
安全に関する考え方は、現役時代における自らの集大成を、以下の空自機関誌「飛行と安全」に寄稿しているので、一読していただけるとありがたい。
・「安全意識の根底」(平成21年3月:福江広明)
・「続・安全意識の根底」(平成25年6月:福江広明)
・「続々・安全意識の根底」(平成28年4月:福江広明)
先人の知恵と経験(その13の3):「服務 安全 (隊員指導の参考)(第1分冊41~42)
Ⅰ 「昭和」からのメッセージ
1989年空幕が指揮官教育の充実施策の一環として編集した参考資料「言い残すべきこと」(ー若き指揮官達のためにー)の中から、任意に抽出した指揮に関する題材(論題)の一つを記載。
前回の続き。先人の4項目目となる「隊員指導の参考」の37の細部項目について少しずつ掲載していく中で、今回は、(2)国民と自衛隊、(3)士気と規律、(4)団結・協調です。
時代の相違はあるものの、現代の指揮統率に参考となるものが少なくない。通読してもらい、自らの見解をまとめることに役立てていただきたい。
(2)国民と自衛隊
我々は、防衛の任を全うするため常に至高の精強さを追求してやまないが、その精強さの基盤にあるものは、良識ある国民の自衛隊に対する純粋な信頼感であることを決して忘れてはならない。すなわち、国民と共にある自衛隊の日々の姿こそ国民の自衛隊に対する支持の根源であり、国民から遊離した自衛隊の存在はあり得ないのである。
国民の自衛隊に対する信頼感が低下することは、それだけで我が国の総合的防衛フを弱めることになり、同時に航空自衛隊が日夜努力している防衛力の育成に影を落とすことにもなる。
慎重かつ真撃な判断が不可欠であり、いやしくも良識ある国民に疑念を抱かせることはいかに些細なことであれ看過することは許されないのが我々の基本の姿勢である。海自潜水艦の衝突事故等、過去の各種事案は、平時にお、ける武器等の運用がいかに難しいかを物語っている。
自衛隊の基準が世間の基準と本当にソゴがないかを見極めて、航空団ー丸となって組織の威信及び信頼感の維持に努力しなければならない。
(3)士気と規律
ア 士気と規律は卵と鶏の関係、そして団結の根源である。
イ 士気は人生としての生き甲斐から生れる。→「やる気」
ウ 規律は全体の利益を守るため規制への服従、秩序ある努力の調整を目的とする規則ないしは方針への遵守である。
エ 「社会への満足」、 「家庭への満足」、 「職場への満足」がアンバランスでは「やる気」はでない。
オ 消極的規律(罰を与えるやり方)より積極的規律(自らやる)
(4)団結・協調
ア 己を殺して組織を生かせ。
イ 自分ー人が組織を背負って立とうと思うな。個人プレイは組織には不要であり、害さえ生じる。我々はチームとして機能することが必要なのだ。
ウ ー人で10人分の仕事をするのは無理だ。1 0人でー人分の仕事をするのは無駄だ。10人がー丸となって仕事すれば、15人分の仕事ができる。 5人分がチーム・ワークの成果である。
エ 和と協調と連帯の精神で行け。
オ 排他的でない団結心を持て。
カ 他人に協力し、また、協力してもらえる人間たれ。
キ 他人のことをとやかく言う前に、自分は自分の責任を果たせ。余裕ができたら他人の仕事を手伝え。そうすれば、君が忙しいときに他人は喜
んで手を貸してくれるであろう。
ク 人は易きに流れると言うが、モラルの高い集団は、ー人一人の成員が団結し協調しながら、より高いところを目指して競い合うものである。
Ⅱ 「平成」からのコメント等:
ここではⅠ項の大項目及びその内容を受けて、私(福江)が現役時代に思考及び実行した体験を基に、コメントしたもの。令和の現代にあって、指揮統率における不変の部分、そして変化すべき部分があるはずである。令和の時代で服務する皆さんの参考になれば幸いである。以下の文中、「先人」とあるのは、Ⅰ項の論者を指している。
「士気と規律」について
今回は、先人の記述にある「(3)「士気と規律」」に着目してみた。
1.「士気」について
用語「士気」は、前回紹介した教範「指揮運用綱要」に記述されている、7項目ある「綱領」(教範「指揮運用綱要」の根底をなす基本理念を簡明に述べたもの)のうち、3つの項目の中で用いられている。
また同教範の第1章・「10 指揮官の位置及び行動」の文中においては、「士気」は2度記述(注を参照)されている。
それだけ、隊員・部隊が防衛行動等する際の意気込みである「士気」が、指揮官の指揮実行上、最も重視すべき事項の一つであり、自衛隊の精強性を保持するための必須の要素であることを表していると考える。
平時にあっても、士気旺盛にして訓練・行事を行う場合、その準備段階から隊員・部隊の意気込みを感じ、多大な成果が得られることを私自身幾度となく体験した。
その一つの例として、私が千歳基地司令職に就任していた期間に開催された「北海道洞爺湖サミット」がある。サミット自体は、我が国に主要国の国家元首を招いた開催された国家行事。
すべての基地所属隊員に加え、基地外から陸海空の増援部隊が一体となって、要人輸送、基地防空、基地警備の実任務を遂行しつつ、テロ等の不測事態に備える等、まさに防衛行動そのものであり、従事した全隊員から並々ならぬ緊張感とやりがいが伝わってきたことを思い出す。
士気の高揚が、人的戦力を格段に向上させることを強く認識できた最良の経験であった。
注:指揮官の位置及び行動は、部隊の指揮及び士気に大きな影響を及ぼす。指揮官は、任務、状況及びその地位に応じ、指揮・連絡の便を考慮してその位置を選定するとともに、適時部隊活動の現地に進出してその実情を把握し、身をもって部下の士気の高揚に努めることが必要である。
2.「規律」について
分屯基地司令時代に次のような経験があった。事案は基地内の体育館の壁面を損傷させたもの。施設の異常に気付いた隊員による発見・通報を受け、施設を損傷させた当事者は、すみやかに名乗り出るよう事務連絡を自ら発出した。
これは先人が言うところの消極的規律(当該者を罰する)という観点より、黙認すれば規律・秩序の維持に必ず影響を及ぼすことが予期され、指揮官として厳正な指揮を行う上でも決して看過してはならないと判断したものである。数か月にわたりこの事案を注視したが、結果として当事者は現れなかった。
それでも、その後類似行為が再発することはなく、全隊員に対する規律心の引き締めには効果があったと思う。
“規律の乱れは、事故を誘発する”という先人の教えは、私が40年前に学んだ幹部候補生学校の教育資料にもある。以下、幹部候補生学校が当時編集(昭和51年12月)した『山の辺の道』の中の一遍である「一万回の無駄」を一読いただきたい。
「一万回の無駄」
全般の規律の乱れは、たとえ光輝あるある歴史と伝統に支えられている部隊であっても必ず事故を引き起こす。指揮官は、厳に戒心し、不正、人事の乱れ、待遇の不適当等、不平不満となる要因を排除して全隊員が自ら進んで誠意をもって働く気風の醸成に努力しなければならない。
少しぐらい基本を乱し、規則を守らなくても、それが直ちに事故になって現れることは少ないので、近づきつつある事故の危険がつい見逃され、ややもすれば面倒くさいことは省略しがちである。
しかしながら本当は、一つの事故を防止するためには、一万回の無駄と思われることをしなければならないのである。
先人の知恵と経験(その13の4):「服務 安全 (隊員指導の参考)(第1分冊43)
Ⅰ 「昭和」からのメッセージ
1989年空幕が指揮官教育の充実施策の一環として編集した参考資料「言い残すべきこと」(ー若き指揮官達のためにー)の中から、任意に抽出した指揮に関する題材(論題)の一つを記載。
前回の続き。先人の4項目目となる「隊員指導の参考」の37の細部項目について少しずつ掲載していく中で、今回は、(5)命令と服従です。
時代の相違はあるものの、現代の指揮統率に参考となるものが少なくない。通読してもらい、自らの見解をまとめることに役立てていただきたい。
4 隊員指導の参考
(5)命令と服従
ア 戦場における軍紀の欠如は死と敗北を意味する。ドイツ人が多くの戦乱を生き延びてきたのも軍紀の維持の賜物にほかならない。(パットン米陸軍大将)
イ 上司の命令指示には機敏に反応せよ。
ウ 自信過剰の者は、上司の命令や指示を早呑み込みしたり、注意等を聞き流す傾向があるものだ。各自心せよ。
エ 命令の誤認による不服従は、責任を免れることはできない。
オ 緊急対処時には命ぜられたことを直ちに実行せよ。命令の適法性に疑問があれば、実行してから後に申し出よ。緊急時に法令問答をやっている余裕はないのだ。
カ 適法性が明確でない命令には従わなければならない。
キ 納得できないと言う理由で上司の命令を拒否することはできない。
ク 規律を守ることは、所属する集団に対する、成員としての義務である。
ケ 個人的な好みで上司に仕える人間になってはならない。どんな上司にも誠意をもって仕えることのできる人間たれ。
コ なにびとも、人に従うことのできるものでなければ、人を従わせることはできない。
サ 積極的に己の是と信ずるところを意見具申し、決定されたことには、たとえ意見を異にしたとしても、潔く従え。
シ 意見具申は、指揮官の決心以前に行われるべきである。指揮官の決心が明確なときは、部下は実行あるのみである。
ス 指揮官の自由裁量権に支障をきたすような意見具申や言動は厳に慎むべし。
セ 幕僚や部下は指揮官の意向を誘導するな。客観的判断資料の提供に努めよ。
ソ 「〇〇してくれないか」、「〇〇してはどうか」と上司に穏やかに言われても、それは命令と受け止め実行せよ。
タ 上司から何気なく言われたことでも、聞き流すな。命令・指示であることもある。
Ⅱ 「平成」からのコメント等:
ここではⅠ項の大項目及びその内容を受けて、私(福江)が現役時代に思考及び実行した体験を基に、コメントしたもの。令和の現代にあって、指揮統率における不変の部分、そして変化すべき部分があるはずである。令和の時代で服務する皆さんの参考になれば幸いである。以下の文中、「先人」とあるのは、Ⅰ項の論者を指している。
「命令」「意見具申」について
ここでの先人の命令等に関する意見は、防衛行動、作戦運用の状況下を意識し、指揮実行上の原則を自らの言葉で強調されている印象を受ける。指揮の本質という点で理解できる。
ただし、各級指揮官は、いかなる状況下にあっても、適法性・合法性を欠いた命令・指示を下してはならない。受令者の立場にあっては、違法性の有無を精査する慎重さも必要である。
私の現役時代における関連の業務経験を一例として示す。
空幕勤務時、上司から航空機の仕様変更に関する指示を受けた。その内容を担当部署の幕僚と検討したところ、その実行には法的手続きを執る必要があることがわかった。その一貫で業務計画に反映した上で相当額の予算を取得しなければならないことも明らかになった。
上司がこの案件にかなり執心で、かつすみやかに実現させたいとの意志を持つことも理解していたので、実行を決心され関係部隊等に命ずることになる前に、直近の幕僚である私が意見具申を行うこととした。
信頼する上司に仕える一幕僚として、上司の指示に抗い、服従しないという状況を生起させぬよう配慮しながら、案件を事業として成就するための算段を明確に伝え、併せて専門幕僚及び部隊指揮官等、関与する関係者の意見及び具体的なデータを付言した。
結果として、私の不服従的な(と思われたかもしれない)行為に対して厳しいご指導をいただいたが、その案件は命令となって即実行という事態には至らなかった。また、その後も再燃することはなかった。
この事例から、私は幕僚(受令者)として意見具申の重要性及び困難性を、身をもって認識するとともに、指揮官の立場で命令・指示を下すにあたっては、事前に適法の確認を怠ってはならないことを学ぶこととなった。
私の経験は、平時における防衛力整備上の業務処理案件であったが、有事において時間的猶予のない中での命令であっても、違法性を理解しない、あるいは違法性を知りつつ、指揮を実行することは決してあってはならない。そのために、空自は平素からあらゆる作戦行動を細部に至るまで検証する等して、有事法制のさらなる充実に努めるべきである。
以下は、空自教範からの一部抜粋で、「命令」「意見具申」にかかる参考です。
教範「指揮運用綱要」の「第1章 指揮 8命令」
指揮官は、決心に基づき適時適切に命令を発しなければならない。命令には、発令者の企図及び受令者の任務を明確に示し、状況及び受令者の性質と知識・技能に適応させることが必要である。この際、受令者が自ら処断できる事項については、みだりにこれを拘束してはならない。
また、命令は、その内容及び状況に応じて下達法を適切にし、時機を失することなく受令者に迅速確実に到達させることが重要である。
教範「指揮運運用綱要」の「第1章 指揮 12意見具申」
指揮官は、上級指揮官の指揮に資するため、状況に応じて積極的に意見を具申することが必要である。
意見具申は、部隊全般の任務遂行に貢献することを主眼として、常に大局的見地に立ち、かつ、機宜に適する方法で行わなければならない。たとえ意見が入れられなかった場合においても、謙虚、かつ、誠実に上級指揮官の意図の具現に最善を尽くさなければならない。